東京禅センター

星空を見上げ内なる真人に気付く

鹿苑寺 森山隆司

 

 十一月、体感的に夜の暗い時間帯が一層長く感じられる季節となりました。昼夜の長さが変化する四季の移ろいと同じように、私達の日常も刻々と変化しています。自然はそのような人間にも当てはまる本質的なありようをさりげなく教えてくれています。

 臨済宗の開祖、臨済義玄禅師は語録の中に『一無位の真人』という言葉を残しておられます。自分の生身の肉体の中に、立場も価値もつけようもない真人がいる。そして、その真人が自分の中から常に出入りしてさまざまな働きをしていると説かれています。

 私達の肉体を形成するもとになっているのは、細胞内にある遺伝子情報であり、それは肉体の設計図でもあります。遺伝子解明の世界的権威である、村上和雄教授は、「自分の力だけで生きている人は、地球上に一人もいません。それぞれの遺伝子は、見事な調和の元で働いています。ある遺伝子が働き出すと、他の遺伝子はそれを知って手を休めたり、いっそう作業のピッチを上げたりすることで、実にうまく全体の働きを調整しています。このような見事な調整が、たまたま偶然に出来たとはとても思えません。この見事な調整を可能にしているものの存在を、私は十年ほど前から『サムシング・グレート』と呼んでいます。」と述べておられます。

 生まれながらにそなわっている真人とは、村上教授の言われるサムシング・グレート(偉大なる何者か)でもあり、人間だけでなく大自然、大宇宙の中で受け継がれてきた大いなる命であるとも言えます。

 

 私は、星空を眺め宇宙の不思議さを想像することが好きな子どもでした。山に囲まれた田舎に住んでいますので、夜になると周囲に灯りも少なく、一人で出歩くのは怖くなります。しかし、空に星が見えると、怖さも時間が経つのも忘れ、無中で星を眺めたり惑星や銀河を観察したりしていました。秋の星座であるアンドロメダ座の中に肉眼でも確認できるアンドロメダ銀河があります。図鑑を頼りに自分の眼で小さな点のようなアンドロメダ銀河を初めて見つけた時の感動は今も忘れられません。

  アンドロメダ銀河は、地球から遥か約二百三十万光年彼方にある銀河で、私達の地球や太陽が含まれる天の川銀河の隣りに存在します。隣りといっても一光年は、一秒間に地球を七周半もする光が一年間で進む距離なので、光が二百三十万年かかって届く距離ということになります。天の川銀河の約二倍の大きさで一兆個もの星で構成されるアンドロメダ銀河ですが、今夜、見る姿は実に二百三十万年前の姿なのです。言い換えれば、今夜の実際のアンドロメダ銀河の姿を地球から確認できるのは二百三十万年後であり、ひょっとするとすでに存在していない姿を見ている可能性もあるのです。私達の日常的な尺度では計り知れない距離や時間の流れに混乱してしまいそうですが、これがアンドロメダ銀河や私達の天の川銀河を含めた大宇宙の真実、真理でもあるのです。

 

 宗門安心章というお経の中に、『万劫にも受け難きは人身』という一説があります。『劫』とは一説によれば、縦横高さが百六十キロメートルもの巨岩があり、二百年に一度だけ天女が舞い降りてその衣で巨岩の表面をなでる。なでた摩擦で巨岩が擦り切れて消滅してしまうまでの途方もない時間を一劫と例えられています。よって、万劫とは想像を絶する無限の時の流れであり、そのような時間を経て私たちの命は受け継がれ、今ここに人として存在していることを意味しています。

 アンドロメダ銀河だけでなく、私達が住む天の川銀河の中にも数千億の星があります。銀河の事を別の名前で小宇宙とも呼び、小宇宙がさらに無数に集まって大宇宙が形成されています。大宇宙誕生から百三十八億年という万劫の時の流れの中で、途切れることなく受け継がれてきた命によって多様な生き物が誕生してきましたが、心をもった人間として生まれることはとても奇跡的で摩可不思議なことであります。そして、そのような心で世界を見渡してみれば、全てがかげがえようのない命で輝く存在であり、まさに立場を超えた真人であると思わざるを得ません。

 

 コロナ禍で混雑する場所への外出等を控えなければならない昨今、秋の夜長に星空を眺めてみるのはいかがでしょう。秋の星空は、夏や冬に比べると明るい星で構成された星座が少ないため、快晴で月灯りのない夜、できれば市街地から離れた高原などで見るのがおすすめです。しかし、空気が澄むのもこの季節の特徴なので、身近な場所でも街灯を避け暗闇に眼を慣らしながら楽な姿勢で見上げてみると、想像以上に美しい星空を見ることもできるかもしれません。降ってくるような満天の星空を見上げ、宇宙の神秘的で不思議な姿を身近に感じる時、自分の内にある尊い真人、サムシング・グレートの存在を素直に感じることもできると思います。それは、情報や効率優先の価値感などで悩み迷いを深めつつある日々の中で、命を輝かせ自分らし人生を送るヒントにもなるのではないでしょうか。

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