東京禅センター

八面清風を起こす

 初夏の日差しが心地よい毎日が続いています。東京の街中にも、目を向ければ所々すばらしい自然があり、しかも春夏秋冬の彩りを添えます。毎日通る道端のアジサイが咲き始めたのを見て、まもなく迎える梅雨入りを感じました。今年はどうなるかなと、変わりゆく季節にふと思います。

 昨今は異常気象が何かと話題になりますが、昨年の梅雨は全国各地、特に西日本を中心に集中豪雨がありました。被災された皆様には衷心よりお見舞い申し上げます。

 私がお世話になりました修行道場も、西日本集中豪雨で浸水の被害に遭いました。門前の河川が氾濫し、泥水が畳の上にまで来たようです。現在も境内や軒下に汚泥が残り、完全復旧には未だ遠く難儀しております。そこで昨年から何度か、少しでも復興のお手伝いになればと、皆で日取りを調整して泥かきに伺っております。

 その度に、隣の県から毎日一時間以上かけて来られる和尚さん達がいます。早朝に軽トラックでやってきて、終始穏やかな笑顔で玉のような汗を流して作業され、夕方になると、「じゃ、また明日」と爽やかな風のようにサッと帰られます。そんな執われのない姿を拝見していますと、終始微力な私は、こちらが反対に力を頂きに来たような思いになります。

 

『五燈会元続略』という禅の語録集にある言葉です。

 

両頭共に坐断して

八面清風を起こす

 

(意訳)「両頭」とは、好き嫌い、良い悪い、綺麗汚い、と二つに分けて考えること。これらにこだわって執われると、悩み苦しみになるといいます。その両頭という分別を断ち切っていく。そうすると、四方八方のいたるところ、あらゆる方向にさわやかな風が吹きぬけていきます。

 

 一切のこだわり、全てのとらわれから抜け出した時の立ち振る舞いや言葉づかいは、どんな時でも、どんな場所でも、心に爽やかな風を呼び起こします。一緒にいるだけで、周りの人の心にも涼風が吹き渡る。そんな清々しい方が皆さんの周りにもおられませんか?

 

 私事ですが、何年か前に修行道場から離れて、初めての土地に参りました。山に囲まれた自然豊かな道場から、都会にある現場の役割のお寺へ。当初はあらゆる物事をとても新鮮に感じていました。現在はどうでしょうか。日々の現実生活に対応しているうちに、あれが私にとって良い悪い、これが得だ損だと、無い頭であれこれ考える事が増えているように思います。より良く生きる為に考える事は大切です。しかし、時に自らの都合で価値を二つに分け、その両頭の狭間で右往左往している様に思います。そうしてどちらかに固執して、目の前の事を疎かにしているのではないかと、清風とは程遠い自分を省みるばかりです。

 

 そんな折、年頭に老師様から頂いた色紙。描かれた精強な猪絵の横に

驀直去(まくじきこ)と字がありました。

まっすぐ進みなさい、という意の禅問答の言葉。道に迷う事はありますが、心は猪のように真っ直ぐに、素直であれ、との叱咤に映りました。

私の、今ここ、をただただ無心に対応していく。驀直に生きる、その積み重ねによって、今まで気付かなかったような涼やかな感動が湧き起こるのかもしれません。

 

「道は前にある、まつすぐに行かう」、を信念としていたのは、俳人・種田山頭火です。その随筆『道』で同じような問答と共に紹介されます。山頭火は酒を好み、流転を愛しました。それだけ聞くと、ただ自由気ままに暮らしていたようですが、十歳で直面した母の自殺を契機に、大きな悩み苦しみも抱えていました。五十路を過ぎ、信州を目指した頃の作品をまとめた『山行水行』の一句です。

 

山あれば山を観る

雨の日は雨を聴く

春夏秋冬

あしたもよろし

ゆうべもよろし

すなほに咲いて

白い花なり

 

 山頭火の歌には、寂しさも内包しているように感じますが、そうした中でも上句のように、軽やかな心で自然を愛でながら、ありのままを受け入れて歩いている姿が目に浮かびます。

現実の毎日を送るとなれば、身軽にとはいかない事も出てきますし、良い悪い、好きや嫌いも出て参ります。両頭を完全に断ち切るのは難しいですが、そのどちらかにとどまらず、心はなるべく軽やかに動かしていきたい。素直に受け止めて真っ直ぐ進む、そんな姿が、時期が来るとすなほに咲く白い花に重なります。そうして、こだわりなく歩んでいたからこそ、四季折々の何気ない自然の営みに自分を重ね、その道程自体がそのまま喜びになっていたのではないでしょうか。山があれば山を観て、雨の日には雨を聴きと、五感で季節を味わいながら、心に清風を起こしていきたいものです。

 

 猛暑の被災地での作業中、スコップを持って大汗をかきながら泥を掬っていると、「なるべく休憩をとってください」と声がかかりました。ご用意いただいたペットボトルの冷たいお茶を一口。ふと空を見上げると、雲一つない透き通るような青空が目にうつりました。

 かけがえのない一瞬一瞬を大切に過ごしていきたいと思います。

円通寺副住職 富岡孝彰

ページの先頭へ