法話の窓

085 二本の線香

 5月下旬に「タイ・ウエサカ祭・世界仏教者会議の旅」に参加しました。
 日本では、お釈迦さまの三仏忌として、ご誕生を4月8日に、成道(お悟りをひらかれた)を12月8日、そして涅槃(亡くなられた)を2月15日と、それぞれに法要をしていますが、上座部仏教ではウエサカ祭として一回でお祝いしています。
 世界61カ国から4,000人の方々が参集し、世界平和を考える会議、セレモニーとして各国の仏教行事を行いました。私たち一行は、日本舞踊を交えたご詠歌を奉詠し、大変な好評を得たのです。

 

   "怨みは怨みによって果たされず
    忍を行じてのみ、よく怨みを解くことを得る。
    これ不変の真理なり"
         法句経

 

 やられたらやりかえすテロはどうでしょう。いつまでたっても平和な世界になりません。このお釈迦さまの"忍を行じてのみ、よく怨みを解く"を学ばなければなりません。決して、国と国の問題ではありません。一人一人、自分の問題として学ぶべきです。
 花園大学の学長をされた盛永宗興老師の話です。ある信者さんが老師にこんな質問をされました。
「老師、私の毎日はこれでいいのでしょうか」と老師の答えはこうです。
「あなたはこれから仏壇に二本の線香を立てなさい。一本はご先祖の供養のために。もう一本は自分の死骸にたてなさい」と。
その方は、大変に不思議がりましたが、老師の言われたことを信じて、毎日、二本の線香を立ててお参りされたのです。
"自分の死骸とは何ぞや"これがいいのです。仏壇の前に坐って、静かに自己をみつめる。坐禅と同じです。あるとき、「そうだ。昨日の自分はここにいない。明日の自分もいない。今、ここに坐っている自分しかいないじゃないか」とわかったのです。今ここに生きている自分しかいない。これが、とっても大切なことなのです。

 

"大切なのは かつてでもなく これからでもない 一呼吸 一呼吸の 今である"
                                  坂村 真民

 

 誰も日頃、呼吸のことなど意識していません。でも、怒ったときには呼吸は乱れ、心静なときは乱れないはずです。
 当たり前のことを、当たり前に調って出来ているか。そこから調った社会、戦いのない平和な世界が成就するのではないでしょうか。たった一人の一呼吸をしっかりとしていくことが、そこにつながるはずです。 
"一日一度は 静に坐って 身と呼吸と心を調えましょう"
 一歩一歩、大地をしっかり踏んで、調った心境で前に進んで生きたいものです。

小川太喜

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