法話の窓

079 一声の勇気の美しさ

 人間の本当のやさしさ、思いやりとは何でしょう。一言で言えば、私は勇気を持った行動ではないかと思います。

 鍵山秀三郎さんという人をご存知でしょうか?大方の人は「だれ?その人」と言われるでしょう。

 鍵山さんは、店舗数450店、売上高1000億円を超えるカー用品専門店の『イエローハット』の創業者です。

 40数年前,鍵山さんが会社を作った頃の話です。

 「私は絵に描いたような心温かい会社をこの世の中に作ろうと思い、自転車1台の行商からスタートを致しました。

 本当に屈辱的な目にも何度も遭いました。店の中から手で追い払われたり、名刺を出してもチラッと見ただけで無視される。

 人間無視されたり、冷たくあしらわれるくらいつらいことはありません。ですから私はそんな目に遭えば遭うほど、人にはこういう事はしない人間になろうと心に堅く誓いました。一方、心の温かい人もいらっしゃいました。

 昭和37年の2月のみぞれの降る寒い日に、自転車に荷物を積んで歩いておりました。ある小さなガソリンスタンドの前で、入ってよさそうかどうか感触を確かめてから合羽を脱ごうとしておりましたら、ドアを開けて私の手を持って中へ引っ張り込んで下さる方がいる。『ああ寒いでしょう、冷たいでしょう』と言って私の肩に手をかけて、両方の肩を持ってストーブの前へ連れて行って『寒いから火におあたんなさい』と言って下さる。私は濡れた合羽のままですから、その方の洋服が濡れてしまうことを気にしたのですが、そんなことはおかまいなく『今、団子を買ってきたところだから一串食べなさい』と言って私にくれたんです。

 涙が溢れちゃって食べられませんでした。世の中には何と心の温かい人がいるものだろう。私もこういう人間になろうと強く思いました。その人は、今は亡き歌手の藤山一郎さんでした」 

 苦しんでいる人や困っている人を助けたいという思いは誰にでもあるでしょう。だが、なかなか実行できないものです。この話では藤山一郎さんが一歩踏み込んで、勇気をもって一声かけ、ちょっとした心づかいを見せたことが鍵山さんに大きな感動を与えたのでした。

 私は藤山一郎さんの勇気ある一声に感動し、そこに人間のやさしさ、思いやりを見る思いがしました。そして、このことは人との出会いというものが、いかに素晴らしいかを示しているのではないでしょうか。

 出会いを大切にとか、人にやさしくなどと言うのは簡単であっても、それを実践するのは大変困難なことです。しかし、それでも「出会えて良かった」と思われる人になりたいと私は思います。

 まごころや慈悲の心を、どれだけ多くの人に含ませて人に伝えようと努力しているか、自分自身の行為を振り返り実践していく。そんな姿勢を持ち続けることが、今の世の中で求められていることではないでしょうか。

高須昌明

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