法話の窓

075 塞翁が馬(さいおうがうま)

 「人間万事塞翁が馬」これは『淮南子』人間訓(えなんじ・じんかんくん)の言葉です。

 国境の塞に住んでいた老人の馬が胡の国へ逃げてしまった。老人は「これは幸いの基になるであろう。」と言う。数ヵ月後、その馬は胡の国の駿馬を連れて戻ってきた。すると老人は「これは不幸の基になるはずだ。」と言う。老人の子供は落馬して足を折ってしまった。

 人々が見舞いを言うと老人は「これは幸いの基になるであろう。」と言う。一年後、胡の国の軍隊が攻めてきた。多くの若者が戦死したが、その子は足が不自由であったため戦わずにすみ、親子とも無事であった、という、人生において禍福が定まりがたいことのたとえです。

 中学生のS君は、スポーツが得意でした。体育の授業や部活に活躍していました。

 ある日のこと、ちょっとしたことが原因で足が痛くなりました。時間が経つにつれて痛みがひどくなり、家に帰り着いたときには一人で歩けない状態になりました。

 病院に行くと筋肉を傷めているので当分の間安静にするように、と診断されました。

その時、病院の先生はS君に「塞翁が馬だよ。」と言いました。

 S君は、その言葉の意味がよく理解出来ませんでした。

 3ヵ月後、痛みが取れて少しずつ体育や部活をはじめたS君は、あらためて健康の有難さを感じました。S君は、病院の先生が言った「塞翁が馬」という言葉の意味がなんとなくわかってきました。ケガによって以前のような無理な運動は出来なくなりましたが、身体に対する思いやりの心に目覚めることが出来ました。まさに、禍転じて福となすことが出来たのです。

香泉芳宗

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