法話の窓

055 お寺はこころの病院

 なんか無性に淋しくなったり、悲しくなったり、自分に腹が立ったり、嫌になったり、なんてことないですか。

 あたり前ですが、それはあなたが生きているからなのです。生きるということは、思い通りにはならないことが多いし、次から次へと悩みは尽きないのです。でも、悩みがあるからこそ、成長もあるし、人生の面白さがあると思います。

 先日、ある方から電話があり、その人の友だちが悩み事で、お寺に相談に行ったら、和尚さんに「心を強くするには、写経をしなさい」と言われたらしいんです。「写経をして本当に心が強くなるんでしょうか。信じられません」と言うので「やっても見ないうちから、疑いを持つようではいけない。せっかく、和尚さんが写経という心の薬を下さったんだから、まず、一生懸命に写経をしてみることではないですか」と話したことでした。

 お寺は、病院でもあり、心の病気にかからないように、また、かかったら、行って和尚さんから薬(お釈迦さまの教え)を頂く所なのですから。

 これは新聞記事からです。(滋賀県の14歳 小林未来さん)

 私の家は仏教です。お母さんは毎日、仏壇に向かってお経をあげています。「心が落ち着くからやってみなさい」といつも言っていたけれど、私は正座で足はしびれるし、余計にストレスがたまるだけだろうと思って、やっていませんでした。

 そんな私がお経をあげるようになったのは、つい最近のことです。勉強や部活、色々悩みが重なった時期があって、ふと、お母さんの言葉を思い出し、やってみることにしました。

 はじめは、足が痛いし、つらいだけでした。でも、毎日続けてやってみると、少しずつ自分が変わっていくことに気が付きました。ちょっとしたことで悩まなくなったし、前より自分をコントロールすることができるようになった気がします。「ああ、これがお母さんの言っていたことか」と、初めて分かりました。

 私にとって、お経をあげるということは「精神安定剤」みたいなものです。最近、殺人事件や自殺などのニュースをよく聞くけれど、自分をコントロールできない人が増えているんだなと感じました。(略)

 この小林さん上手にお経という心の薬飲んだんですね。さあ、なんか最近、心が変だなあと思ったら、お寺に来て見ませんか、きっと、元気になるなにかがありますよ。

古山敬光

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