法話の窓

037 昔ノ自分ガソコニイタ

 知人の結婚式の披露宴での事です。

 「本日皆様の担当をさせて頂く事になりました○○です。よろしくお願い致します。」私のテーブルの全員が席についた時、そう挨拶してくれた彼は、その所作と周りの接し方から新人さんであることは一目瞭然でした。

 案の定、料理の出し方、灰皿の取り方、飲み物の注ぎ方、それこそ何かをする度に先輩にホールの隅に呼ばれ指導を受けていました。

 そんな彼の姿を眼にするうちに、「これ昔の自分と同じじゃないか。修行道場に入りたての頃の‥・。はたから見れば自分も同じように見えただろうなあ。いや、もっとひどかったかもしれない。ホントあの頃は毎日必死に頑張ってたよな」などと、昔の自分を思い出していました。すると何故だか彼に声を掛けたくなってきました。

 「ちょっといいかな。新人さんでしょ。あなたを見ていると昔の自分を思い出してね。誰だって始めは自信無くてぎこちなくて・‥。あの先輩たちも最初はあなたと同じだったに違いないんだよ。誰もが通ってきた道なんだから気にせず頑張って下さい。ごめんね、呼び止めて。ちょっと初心を思い出させてくれたお礼を言いたくてね。」そう言うと、彼は

「有難うございます。励みになります」と。

 能の観世流の創始者である世阿弥は、

「初心忘るべからず、時々の初心忘るべからず、老後の初心も忘るべからず、如何となれば、命には終りあれども道には果てなきが所以なり」
と言っております。

 すなわち「如何なる立場にあっても初心を忘れてはならない。たとえ経験豊かな老人であっても初心を忘れてはならない。それは私たちの命には限りがあるけれども人間の道には限りがないからです。」と説いています。

 お釈迦さまはご遺言の時、特に「精進ということを忘れてはならない」と仰せられました。「いつ如何なる時も、初心を忘れずに精進を」と思い出させてくれた《昔ノ自分》に感謝感謝の披露宴でした。

新山玄宗

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