法話の窓

033 安らぎの処方箋

 憂い悲しみ苦しみ悩みは人が生きて行くうえで避けることができません。そのような人生苦に病む人の為に信頼できる有効な処方箋があります。真理を悟った人(仏陀ブッダ)の智慧(般若ハンニャ)が説かれているお経です。お経に説かれている智慧を心の底から自覚(到彼岸・波羅蜜多ハラミッタ)すれば、憂い悲しみ苦しみ悩みから解放され(解脱ゲダツ)大安心の心境(涅槃ネハン)に到ることができます。

 『摩訶般若波羅蜜多心経マカハンニャハラミタシンギョウ』(大いなる智慧による悟りへの要カナメの教え)は簡潔で最もよく効く薬の処方箋です。その薬のエキスは、「五蘊ゴウンが皆空ミナクウであると照見ショウケンして一切の苦厄クヤクを度ドす」という文に込められています。「一切の物事について好き嫌いを思わなければあらゆる苦しみや厄ワザワイから解放され大安楽を得ることができる」という意味です。

 五蘊ゴウンとは、色シキ(見分けた姿や形)受ジュ(苦楽などの印象や感覚)想ソウ(思い浮かんだ事物の表象)行ギョウ(構成した思いや考え)識シキ(推測や判断など分別する作用)の五つを指し、一念一念の見聞覚知ケンモンカクチした内容(経験内容)を五つに分類したものです。人々は誰でも朝から晩まで念々の経験内容の流れを生きていますので、五蘊は生活の中で出会う一切の物事(諸法ショホウ・諸行ショギョウ)を指すことになります。

 空とは、それら念々の見聞覚知ケンモンカクチした経験内容について是非善悪好き嫌いなどの選エり好み(分別フンベツ)を全くしないであるがまま(如ニョ)にしておく心境のことです。出会った想念の全て(諸法・諸行)に取り合わなければ一瞬の間(刹那セツナ)に消え去ります(無常ムジョウ)。それには固定的な実体が無い(無我ムガ)ので「一切(五蘊)は空である」と言うのです。

 憂い悲しみ苦しみ悩むのは、念々の見聞覚知ケンモンカクチした経験内容について選り好みをするから起こるのです。だから、それらに取り合わないであるがままの心境(空クウ)であれば、一切の苦しみから離れ(解脱ゲダツ)安楽の境地になる(寂滅為楽ジャクメツイラク)ことができるのです。

 人生には次々に憂悲苦悩ユウヒクノウする事が訪れます。しかし、それらの全てが空クウである智慧(般若ハンニャ)を得た人(仏ホトケ)は、憂悲苦悩することを嫌いません。だから、憂いに出会えば憂える仏、悲しみに出会えば悲しむ仏、苦しみに出会えば苦しむ仏、悩みに出会えば悩む仏になって何時も安らいだ心境でいられるのです。

岩村宗康

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