法話の窓

022 素敵な出会い

一期一会(いちごいちえ)


 この言葉は掛軸として茶室などでよく掛けられていますが、これは江戸時代末期の徳川幕府の大老であった井伊直弼が著した「茶湯一会集」という茶道の本にある言葉です。

 「一期」は人が生まれてから死ぬまでの一生のことで、「一会」はただ一度の出会いをいいます。生きているといろいろな人に出会います。思えば、今までどれだけの人に出会ってきたのでしょうか。

 今年の夏、近くのお寺の林間学校にお手伝いに行ったときのことです。お昼の準備のために禅堂に掃除機をかけていたのですが、コードが絡まってしまって、前に進まない。ふと絡まった先を見てみると、一人の小さな男の子が、一生懸命ほどこうとしているのです。その子のところに駆け寄り「ありがとう」というとその子は恥ずかしそうな顔で「うん」と一言いったのです。その「うん」という言葉を聞いたとき、人の優しさに触れ、心温まる思いをしたのを今でもおぼえています。

 今の世の中、たとえ同じ場所に居なくても、携帯電話があれば片手ひとつで人とつながるとても便利な時代です。でも、実際に会ってみて、はじめてわかること、感じることってありませんか?

 井伊直弼は茶会の心得として次のようにいっています。
 「そもそも茶湯の交会は、一期一会といいて、たとえば幾度おなじ主客と交会するとも、今日の会に再びかえらざる事を思えば、実にわれ一世一度の会なり。さるにより、主人は万事に心を配り、いささかも粗末なきよう深切実意を尽くし、客にもこの会にまた逢いがたき事を弁え、亭主の趣向、何ひとつおろそかならぬを感心し、実意をもって交わるべきなり。これを一期一会という」 

 ある日の茶会は、たとえ同じ茶室、同じ顔ぶれであったとしても、以前の茶会とは決して同じものではありません。諸行無常、一時として同じ状態のものはない、一切のものは常に変化している。その日の茶会は一生に一度の出会いであると心得て、万事に心を配り、誠意をもって最善を尽くす。井伊直弼はその書の中で説いているのです。

 このことは、茶会の心得というだけでなく、わたしたちが接する人との出会いの心得としても大切なことです。今、この時、この場での出会いを大切にして、心をこめて人と触れ合う。今年の夏、私には素敵な一期一会がありました。

小林 秀嶽

ページの先頭へ