法話の窓

020 難儀(難木)

 ダイオキシン、水銀と言った猛毒の環境汚染を知らず、それらの猛毒を知らず知らずの中に、身体の中へ取り込み、その毒が原因で亡くなられた方。また、様々な病気を引き起こし難儀している人達がいます。

 それと同じように、私たちの心の中も毒によって汚染されるのです。

 仏教では、心を形成する上で、煩悩を悪の根元とする考え方があります。煩悩の数はかぞえ切れません。諸説いろいろですが、根元的な煩悩として「貪(とん)」むさぼり、「瞋(しん)」いかり、「痴(ち)」おろかしさ、この三つを「三毒の煩悩」といい代表的にあげています。

 では、「三毒の煩悩」が原因で人は、どのような人生を送ることになるのでしょうか。一本の苗木に譬えて話をしてみましょう。

 昔、ある所に与太郎という男がいた。男は三度の飯より博打が好きで、先代より受け継いだ財産をほとんど博打で失った。わずかに残ったのが家の裏にある禿山、大雨が降ったら危険と諭され植林することになった。

 与太郎は植木市へ苗木を探しに出かけた。どこへ行っても与太郎の所持金では苗木が買えない。途方にくれ大八車を引いて市場を出ようとした時、後ろから呼び止められた。なんと苗木を無料で分けてやるというのである。

 その人の名は窮鬼(きゅうき)と言った。タダで進呈するが条件があると言う。この三種類の肥料を朝昼晩、欠かさず各々一掴ずつ苗木の根元に施すことが条件だと言って苗木と肥料を大八車に積んだ。与太郎は喜び勇んで家に帰り、早速、窮鬼の言った様に苗木を植えた。

 与太郎は来る日も来る日も欠かさず肥料をやっていた。ある夜のこと、苗木がザワザワして勢いが出てきた。

 与太郎は根が着いたのだと喜んでいた。次の朝、いつものように肥料をやりに行くと苗木は、ぐったりとして眠っているようであった。

 そう、苗木は「朝寝」「昼寝」「宵寝(よいね)」という根(ネ)を張り、夜になると勢いが良いのである。しばらくすると茅が出てきた。イジメと言う芽(メ)である。

 それでも与太郎は、気がつかないで、せっせと肥料をやり続けた。おかげで木は、大きくなって、つい花を咲かせた。あっちでパァ、こっちでパァ、と喧嘩(ケン花)という花が咲いた。

 花の後には実がなった。恨み、嫉(そね)み、妬(ねた)みという実がなった。

 与太郎は、初めて三つの袋の中を覗いた。一つ目は「貪」、二つ目は「瞋」、三つ目の袋には「痴」とあった。苗木の環境はすっかり貪・瞋・痴の三毒に汚染され、気が付いた時には、貧乏(貧棒)と言う、お粗末な木になっていた。これを難木(難儀)という。

 ところで、あの窮鬼という人の正体は、果して何者だったのでしょう。そして、三毒の煩悩で汚染された土壌をどう浄化したら良いのでしょうか。

(次号に続きます)

林 玄英

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