法話の窓

【清泉】上手くないのに(2013/05)

今から二十五年程前のことです。郷里に帰って寺を継ぐ決意をしたころ、小学生の頃通った書道教室の先生の元へ、筆を頒けて貰おうと訪ねました。すると、先生が
 「あのなあ、僕がこの町の人をみんな字を上手に書けるようにしといたから、君がお寺へ帰ってきて下手な字を書くとかわいそうや。もう、弟子は取らぬことにしとるけれど、教えてあげるから来ぬか」
と、言われます。
 「ありがとうございます。ぜひお願いします」
そうお返事を申し上げると、早速半紙と筆を取り、お手本を書いて下さり、
 「書いてみなさい」
と言われます。緊張の中、一生懸命お手本に習って書いたつもりでしたが、なかなか思うようにはゆきません。すると、
 「あのなあ、あんたは下手なのよ。どうして上手く書こうとするの」
 これにはまいりましたね。
 先生は、若いときから家業の肥料屋を手伝いながら、書に志を抱かれたのですが、花を開くまでに相当の年数を要されたようです。
 しかし、先輩書家からもう諦めたらと促される中、父親だけが"決して諦めるな"と励ましてくれたそうです。
 当時は、すでに地方に居ながらにして、日展の無審査になられる程の大家になっておられたのですが、気負いも、てらいも消え果てて、本当に自由を得ておられたように思います。
 生来の悪筆。書は一向に上達しませんが、「上手く書こうと思うな」そして「何事にも挫けないで継続することが大切である」との教えは、仏道と同じく人生全てに生かさせて頂いております。僅か二年でしたが、ご指導頂いた御恩は生涯忘れることができません。

小田実全 (おだ じつぜん)

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