法話の窓

099 足るを知るこころ

 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 私が住んでいるお寺に出入りしていたノラ犬(メス・シバ系雑種)が、去年10月ごろに子犬を産みました(うちの番犬はオスですが、残念ながらその子供ではありません)。
 この犬が出入りし始めて2年数か月、最初は元気いっぱいの4本足でしたが、2005年の暮れ、けがのために左前足が折れ曲がってしまい、3本足のノラになってしまいました。

 エルメス(そのノラを私たちはそう呼んでいます)は、昔のように素早く動けませんが、ヨタヨタしながらも、ひんぱんにお寺にやってきては餌をもらって食べていました。10月頃、エルメスは出産し、ほぼ毎日のようにエサを食べにやってきました。生まれた子犬に乳を飲ませるためにも、栄養たっぷりのドッグフードがたくさん欲しかったのでしょう。ところが 11月上旬、突然に、ぷっつり姿を現わさなくなってしまったのです。しばらくして、姿を見せたかと思ったら、左の後ろ足までが使えなくなって二本足の犬になってしまっていたのです。いったいエルメスに何があったのでしょうか!?

 たずねても、答えてはくれません。ただ、必死な眼で訴えて、エサを要求するばかりです。どうにか動けるようになったので、確実にエサがもらえるお寺まで来たことに違いありません。上り坂や下り坂ありの、1キロほどの道のりを、どのようにしてやってきたのでしょうか。
 最初は悪い後ろ足を下に降ろせないで、おしりを地面につけたままで食べていましたが、2日後には足をおろせるようになって、立って食べられるようになりました。でも、歩くのはやはり2本足です。バランスを取り、体をかたむけながらも、だんだんと素早く動けるようになりました(人間につかまらないように、なるべくすばやく動かなくては、と心がけているように見えます)。

 命がけの子そだてです。エルメスはうちのお寺でたくさん食べて、すみかへ帰って吐き戻し、それを子犬たちに離乳食として食べさせていたようです。見たわけではありませんが、食べる量がすごいのに、エルメス自身はガリガリにやせたままなので、そうではないかと想像していました。

 ちょうどその頃のことでした。九州のある若い夫婦が、生後間もない赤ちゃんをほったらかしにして遊びまわり、あげくに死なせてしまったというニュースが流れました。やりきれない怒りの気持ちが湧いてきました。その人間の若夫婦に、エルメスの姿を見せてやりたい気持ちでした。

 12月はじめ、エルメスが育てた子犬のうちの1匹が、近所の家に引き取られ飼われることになったのです。エルメスの命がけの子育てが、少しむくわれました。とてもかわいいメスの子犬です。その家の子どもが「アズキ」と名付けました。幸せな飼い犬になることでしょう。私も、晴れ晴れしい新しい年を迎えることができました。

豊岳澄明

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