法話の窓

086 タヌキ顔の犬

 昨年の夏のある日、昼頃一本の電話がかかってきて妻が受話器を取りました。電話はすぐご近所の家からで、その内容は「首輪のついた犬が迷い込んできたので放送して欲しい」ということでした。また「かわいそうでとても追い出す気にはなれない」ということだったのです。

 もう数十年も前に、私たちの住んでいる地区に有線放送が設置されました。設置する場所に選ばれたのがお寺でした。放送のアナウンスは、はじめは私の母が担当し、今では私の妻が担当しています。

 そういうことで、ときどき迷子の動物のことについて放送して欲しい、という電話がかかってくることがあるのです。この日の電話は、ごく近いお宅からでしたし、その家に犬をつないで保護しているということでしたので、どんな犬なのか、放送のためのわかりやすい特徴を見るために、妻はさっそく出かけていきました。

 みると、茶色の年老いた中型犬で、なんと言っても顔がタヌキそっくりなことが最大の特徴でした。妻は、見た犬そのままを放送しました。「顔がタヌキそっくりの可愛い犬」ということを強調して放送していました・・・。

 

 昼は何の反応もありませんでしたが、夕方にもう一度放送すると、すぐに車で十分ほどの別の地区の家から電話がありました。「もしかしたらうちの犬かも知れません、行ってみますから見せてください」とのことでした。まもなく電話をくれた家の人がやって来て、まちがいなくその家の飼い犬だということがわかりました。聞けば、一週間ほど前にいなくなって、エサも食べずに3キロほどの道のりを旅してきたようです。今にも死ぬかと思われるほどヨボヨボでフラフラだったのに飼い主を見た途端、シャキっとして歩き出したのには妻もビックリでした。

 もし飼い主が現れていなかったら、失われていたかもしれないひとつの「いのち」が奇跡的にも救われて本当にうれしいことでした。

 新聞では、岡山県での引き取り手のなかった犬猫・6,968匹が殺処分されたと報じていました。このタヌキ顔の老犬がその数に入らなくてよかったな、と思いましたが、犬や猫のいのちが全部助かるような方法が早く見つかればいいのに・・・と感じました。

豊岳澄明

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