法話の窓

063 この世の旅

 あなたは、島崎藤村という作家を知っていますか?
 明治から昭和にかけて活躍した方で、『若菜集』という詩集や、『破戒』『夜明け前』などの小説で知られています。

 藤村は、"家族の死"という悲しみを、たくさん味わった人です。子供を三人つづけて亡くしました。彼が三十八歳の時には、奥さんの冬子さんが亡くなりました。小さい子供を四人も残して......。
 父親だけで幼い子供たちの世話をするのはむずかしく、親子は別れて生活します。

 

 作家である藤村は、離れて暮らす子供達にむけて、父親としての思いを、物語として書きつづりました。
 その中に、人生について語る短文の一つに、『この世の旅』というのがあります。

 文豪と呼ばれて尊敬される藤村も、人生の旅の途中で何度も、つまづいたり、しくじったりした、と書いています。でも、藤村の心の中には、困った時にいろいろ助言してくれる一人のオジイさんが住んでいました。
 そのオジイさんは、こんなことを言ってはげましてくれたのだそうです。

 

 「みんなつまづいたり、しくじったりするのです。そこからものを学ぶのです。ごらんなさい。二度とこの世を歩いて通る旅人はありませんよ。だれでも初めての旅ですよ。」

 

 とてもやさしい言葉ですね。
 そうです。みんな、初めての人生を生きています。初めてだから、失敗することもありますよ。心配しなくてもいいのです。
 だって......、これを読んで下さるあなたは、今、何歳ですか?その年令は何回目ですか?初めてでしょ。
 うまくいかない時は、焦らないで、「どうしてだろう?」と考えたらいいのです。そこで学べばいいのです。

 

 人間本来の強さは、全く失敗しないことではありません。失敗から何を学んだか、失敗のあとどんな努力をしたかにあると、私は思います。
 最初から何でもできる人はいません。失敗することを恐れて、何事にも消極的になってしまうことは、一番もったいないことです。
 この広い宇宙に、たった一人しかいないあなたです。たった一回だけの人生です。
 おもいっきり、あなたの命を輝かせて生きて下さいと、文豪・藤村は、自分の子供達とともに、あなたに語りかけています。

高橋宗寛

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