法話の窓

002 心友(しんゆう)

 今年もいよいよおしまいです。皆さんも、この一年間にはいろいろと忘れられないできごとがあったでしょう。楽しかったことや悲しかったことなど、良きにつけ悪きにつけいろんなことがあったと思います。

 

 お釈迦さまは、諸行無常(しょぎょうむじょう)といって、すべてのものは移り変わると言われました。分かりやすくいうと「人生はグーチョキパー」ということなのです。すなわち「グーはチョキに勝つけれどもパーには負ける。でもそのパーもチョキには負けると言うように、人生いつまでもいいことばかり続くわけじゃないし、反対につらい事もいつまでも続くわけではありません。だからどんなにつらくても、そのうちにまたいい事もあるわけだから、あまり深く悩まないで気楽にね♪」と。

 しかし、いくら「気楽にね」といっても、心はコロコロ変わるからココロとも言われるとおり、やっぱり何かある度にゆれ動き、なかなか気楽にいけないのが私たちの心です。

 私たちの心をかえり見ると、正直おどろきます。一人ぼっちになると淋しくなって人恋しくなる自分。そのくせみんなと一緒だと、すぐにまた一人になりたがる自分。

 自分の意見に賛成されるとうれしくなる自分。しかし反対されたりひはんされるとカッと頭にくる自分。

 自分の好きな事には夢中になり楽しくなる自分。ところがいやな事には、すぐにブツブツ文句言ったりくさったりする自分。このように私たちの心を見つめると、一人の人間なのに、心の中にはいろんな自分が住んでいて、それがコロコロと入れかわります。これではいったい、どれが自分の本当の心なのかサッパリ分かりません。

 むかし、臨済(りんざい)というお坊さんが、無位の真人(むいのしんにん)といわれました。それは感情に走ろうとする自分を、「おい、ちょっとまてよ!」と心のおくそこから冷静に見つめ、いさめてくれるもう一人の自分がいるのだと。たとえばみなさんも、苦しい時やつらい時に、心のどこかで「もうちょっとがんばろうよ」というささやきが聞こえた事があるでしょう。じつはその声は、あなたの心の中から聞こえてきたものなのです。その声こそ、みんなの心の中にいる「もう一人の自分」の声なのです。

 これがなまみの友だちだと、引っ越したり転校して別れたりすると会えなくるし、ケンカをすると口も聞かなくなったりしますが、この心の中の友達だけはどっかに行ってしまったりすることはないのです。誰もが、一生にたった一人だけですが、死ぬまでつきあってくれる本当の友人なのです。これを心友(しんゆう)といいます。心の中にいて、本当に信じる事ができる友人と言うわけなのです。

 

 皆さんは、一休さんのテレビを見たことがあると思いますが、何か困った問題が起きるとしずかに考えて答えを出します。一休さんもやはり同じように、心の中の心友に相談していたのですね。

 一休さんのように、皆さんも何か困った事ができたりつらくなった時には、背すじをのばしておへその下にぐっと力を入れ、ゆっくり二、三回深呼吸をして下さい。すると、すーっと気持ちが落ち着いてきます。その落ち着いた気持ちで、自分の心の中の心友に相談してみて下さい。きっといい答えを出してくれるはずです。この心友との対話がスムーズにいけば、あなたの人生が楽しくなってきます。

五葉光鐵

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