法話の窓

遺言(2012/03)

 春、三月。春休みのこの季節を迎えると、子供の頃、電車で八時間ほどかけて遊びに行った、父方の親戚のことを思いだします。
 桃の花の咲き乱れる山で花見をし、従兄たちと日の暮れるまで遊び、叔父や叔母に可愛がられて過ごした頃のことが、春の風を身体いっぱいに受けると浮かんでくるのです。
 昨年の暮れ、そんな叔父のひとりが亡くなりました。臨終を前に戒名を頼まれた父と私は、あの優しく、いろいろと良くしてくれたその姿を名前に残したいと『温良』の二文字を入れました。
 お葬式の翌日、戒名に盛り込んだその思いを従兄弟やその子供たちに話すと、みな一様に"キョトン"とした表情をしてかえします。よくよく聞いてみると、普段の叔父は意外と厳しく、言いだしたら聞かない頑固一徹なところを持った人であったようです。
 私たちは、生活をしていくなかで、様々な状況や場面に出合い、自分を色々な姿に変えて暮らしています。こういう私も住職としての姿はもちろんのこと、説教師や茶の湯の数寄者(すきしゃ)の姿、家庭にあっては、夫、父親としての姿や子供としての一面もあります。そして、お経をよんだり、掃除をしたり、参拝者への応答も日常の姿です。また、お酒を飲んであまり人に見せられない酔った姿など、いろいろな面を見せて暮らしています。そう考えると、遠く離れていたとはいえ、叔父の持つ多くの姿の、ほんの一面しか見ることができなかった自分がそこにありました。
 これら一つ一つの姿は、その時その時の心の動きが形になったものですから、私たちの心のありようこそが、生きていく上で大きな意味を持つことになります。
 NHKの大河ドラマ『武蔵』に登場し、歴史の中では、将軍指南役の柳生但馬の守(やぎゅうたじまのかみ)に『不動智神妙録』という著書を授け、仏法を通して剣を説き、人が人として生きるにはどうあるべきかを説いた禅僧に、沢庵(たくあん)禅師がいます。この『不動智神妙録』の結びは、


  心こそ 心迷わす 心なれ
   心に心 心ゆるすな


 という古歌で締めくくられています。その意は「妄心(もうしん)こそが、清浄な本心を迷わせる心です。本心よ、自ら妄心に心を許してはなりませんよ」と、いうことになります。また、禅師は「本心とは、一つ所に止まらず、身体全体にのび広がった心。妄心とは、何かを思いつめて、一つ所に固まり集まった心」と、同じ書の中に示されています。
 この歌は、古い時代のものに違いありませんが、現代の私たちに、自らの心を日頃から調えていくことの大切さを、今なお訴えかけています。
 さて、叔父の葬儀が始まる前のことです。お棺の中で、ただ寝ているような叔父の顔を静かに、自分でも不思議なくらい心静かに眺めていると、生前、叔父が最後に投げかけた言葉を突然思い出しました。
 それは、叔父が亡くなる一年前。父が吐血をし、緊急入院したのを見舞いに来てくれた時のことです。自らも肺ガンに冒されながら、身体の状態をかえりみず、十時間余りの道のりを車に乗ってやって来ました。その帰り際、叔父は一言『お父さんを大事にしろよ』と言い残して、車中の人となったのです。この『父を大事に』という一言、そのときは、単に「身体をいたわってやれ」というくらいにしか受け止めていませんでしたが、叔父の死に顔を静かに眺めていたとき、「お父さんがしっかりと守ってきたお寺を、お前も伝えていくんだぞ。ご先祖さまやお父さんにドロを塗るようなことをしたら許さんぞ。しっかりやれよ、弘道」と、言葉にはしなかった内容が含まれていたのではと気付くことができました。この体験は、私にとって何ものにも替え難い叔父からの遺言となり、素晴らしい"愛語"の宝物となっています。
 私は今、人と接し、語り合うとき、雑念に振り回されることがないよう、心を落ちつけ、静かに調えて、人の話を聞く耳を持ち、語る口を備えたいと願わずにはおられません。それは、素晴らしい"愛語"に、また出合いたいと思っているからです。

吉富弘道

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