法話の窓

とっても青い、月(2009/11)

 今日も慌ただしく一日を終えて、ふと空を見上げると、そこには驚くほどに青い月が煌々と輝いていました。そのまん丸い月が、あたり一面を明るく照らし出している。その光景が、何か不思議な心持ちへと誘ってくれたのです。懐かしく思い出されたのは、十七年前の秋に亡くした祖母のことと、当時の大学の学長、盛永宗興老師のことでした。


 入学と同時に、僧侶になることを目指すために厳しい規則の掲げられた学生寮に入らねばならなかった私は、それまでの甘い生活とかけ離れた寮生活に大変な苦痛を感じていたのです。今すぐにでも寮を出たい、という思いを電話の向こうの家族にいつも愚痴をこぼしてばかりいたものでした。

 

 それでも何とか、二年間の寮生活を無事に終え、四回生になるころには悠々自適な学生生活を謳歌していました。ところがその年の秋、いつも可愛がってくれた祖母が息を引き取ったとの連絡が突然入ったのです。祖母は寝たきりの晩年を送っていました。
あわてて家路に就いたものの、祖母の最期を看取ることは叶いませんでした。その枕元を囲んで家族から聞かされたことは、一人京都に住む私のことを「京都での生活は大丈夫なのか」と、来る日も来る日も心配ばかりしていた祖母のことでした。今日まで、亡き祖母の「心配せずにはいられない、見守ってあげたい」という祖母に支えられていたのだと、このときはじめて気づかされたものです。

 時を同じくして、当時の学長、盛永宗興老師から、いつも「こころ」の大切さを教示されていました。厳しさの中にも常に笑顔を絶やすことのない老師は大学での最終講演の中で、「君たち学生が、陰で何をしているかわからん。とんでもない悪いことをしているんだろうけど、ワシは君らのことが可愛いくて、可愛いくて仕方がない。もう会うこともないかもしれない。これからの人生、どんなことがあっても、絶望してはならんぞ。君たちには裸のこころがある」と仰られたことが私にとって最後の言葉となり、またその言葉はそのまま祖母からの願いでもあったように思われました。

 お釈迦さまは、私たちには本来生まれながらに、清らかな澄み切ったこころ、仏心があると諭されました。また、そのこころは、思いやり慈しみに満ち溢れ、他を温かくするこころであるとも説かれました。

 私たちの心は、様々な状況によって喜怒哀楽に揺れ動きますが、それは自分の都合と立場に振り回された迷いの心です。老師の言わんとされた「裸のこころ」こそ、私にも具わるとお釈迦さまが諭された清らかなこころ、仏心のことでありましょう。

 

吾が心、秋月に似たり
碧潭清うして皎潔たり

 

と、中国の詩人「寒山」も詠います。本来のこころは、すっきりとした秋の月のように、また青々とした清らかな深い水のように、どこまでも清浄無垢で清らかだ。
寒山の詠う清浄無垢なこころとは、老師の言われた裸のこころと相違ありません。その裸のこころを持つために、私は自らを調えていかねばならないのです。自らを調えるとは、自らの清浄無垢な裸のこころを信じ、自分と他人の隔たりの中にあるからこそ、自らの都合や立場だけに振り回されないように努めていく行を修めていくことだと思います。


 さて今夜も、とっても青い秋の月が、祖母となり老師となって私を戒めてくれているのです。

西川知孝

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