法話の窓

いただいた私のいのち 尊いいのち(2008/04)

「燼」

見慣れない文字ですね。
この文字との出合いは三十年くらい前になるでしょうか。
東井義雄先生の紙上講演の演題が縁なのです。
講演の中味を要約しましょう。

 

同級生から一冊の文集が送られてきた、その文集の名前が「燼」。
へんな名前をつけたものだなぁ......と思いながら表紙をめくってみると「燼の私」という文章が載っていた。
「私はきょう五十六歳になった。一日二十四時間に自分の歳をあてはめてみた。
するとなんと午後七時二分になる。
もうすでに日が暮れてしまっている。私の人生はすでに日暮れだ。
大事なところは燃えつきてしまってわずかばかりの『燼』が残っているにすぎない。
今までのような人生の過し方でいいのだろうか。
そこで心を新にして『燼』の人生を大事にしよう、と思い文集を作った」と書いてあった。
私も大急ぎで計算してみると、やはり午後の七時、まさに「燼」 私の人生も日暮れ。
彼は「燼」の人生を大事にしよう、と思い文集を作ったというが、「燼」の人生を大事にするということはどうすることなのか、壁にぶち当ってしまったのです。
答えを探しました。答えてくれそうな本を手当り次第読みました。
すると本があったのです。その本は、若くして逝った大島みち子の『若きいのちの日記』でございました......。

みち子さんは書いています。

「病院の外に、健康な日を三日ください。
一日目、私はとんで故郷に帰りましょう。そしておじいちゃんの肩をたたいてあげて、母と台所に立ちましょう。父に熱カンを一本つけてあげて、おいしいサラダを作って妹たちと楽しい食卓を囲みましょう。
二日目、私はとんであなたのところに行きたい、あなたと遊びたいなんていいません。お部屋のお掃除してあげて、ワイシャツにアイロンかけてあげて、おいしいお料理を作ってあげたいの。そのかわり、お別れのときやさしくキスしてね。
三日目、私はひとりぼっちで思い出と遊びましょう。そして静かに一日がすぎたら、三日間の健康ありがとうと笑って永遠の眠りにつくでしょう」
「燼」を大事にするということは、どうすることなのか、私が求めていた「燼」の我人生を歩く道は......探していた答えはこれなんだ......。
特別なことをすることではない、いのちのあることの重大さ、死すべきいのちの今あることの尊さを、「今」を大切にする、いのちのある「この場を」大切にする。これ以外なかった。私は、大島みち子に教えられた、と。


私の庭先の盆栽が寒さのせいでしょうか、元気をなくしてしまいました。最近までは青々して枝葉は美しい姿を見せていましたのに......。
鉢から引き抜いて調べてみると、根っこが完全にいたんでいました。あたりまえのことですが、根によって生きていることを忘れていたのです。
ご開山さまのおっしゃったことば、即ち其の本を務めよをいつの間にか忘れてしまっていたのです。目に見えない地下茎のことなど、森の木も、盆栽も、私たちもみな、根によって生かされて生きていることを忘れてはならないのです。
私は薪で焚いたお風呂を毎日いただいています。時々忙しい時など「燼」になってしまうことがあります。しかしそんな時、竈の中へ押し込めばまた燃えてくれます。でも肝心なことは火の気があるということです。


私も古稀を迎えました。日は暮れ真夜中、時計の針は午前零時をさしています。
竈の中の燼が燃える如く、燼の人生を歩いてゆかねばなりません。
生かされて生きる自らのいのちの尊さに目ざめてこそ、他のすべてのいのちの尊さに気づくのです、と多くの人たちの導きを信じ、其の本を務めよ のみ心に向って歩きつづけるのです。
把手共行 手をとって共に歩みつづけたいものです。
きょうも、あしたも、命をいただいている限り。 ありがとうございました。
東井先生ありがとうございました。

羽賀 文圭

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