法話の窓

「五月病とカメの生き様」

 五月病。『広辞苑』によると「四月に新しく入った学生や社員などに、五月頃しばしば現れる神経症的な状態」とあります。四月は希望に満ち溢れていたのに、五月になると不思議と憂鬱な状態に陥ったことを、私自身も思い出します。
 折角やる気に満ちていたのに、なぜ五月になるとその気持ちが衰えてしまうのか。その原因の一つに「他と比べること」があるように思います。理想と現実との比較、優秀な人と自分との比較、過去と現在の自分の比較など。私たちは、他と比べることで自分を計りますが、そればかり気にしていると、五月病のように気が落ち込み、やる気も削がれてしまいます。

 イソップ寓話にも所収される「ウサギとカメ」の童話。ジュポン化粧品の故養田実社長は、ウサギが何故カメに負けたかを尋ねると、ある方が「ウサギはいつでも勝てると油断があった。人生油断してはいけないという戒めです。」と答えます。私も同じように、この童話の教訓は油断大敵であると思っていました。しかしながら「それは零点の答え。カメにとって相手はウサギでもライオンでもよかったはずだ。なぜならカメは一度も相手を見ていない。カメは旗の立っている頂上、つまり目標だけを見つめて歩き続けた。一方のウサギはカメのことばかり気にして、大切な目標を一度も考えることをしなかった。」と養田氏は答えました。
 ここに、私たちが幸せに生きるヒントがあります。カメばかり気にしていたウサギに対して、カメはウサギではなく己の目標に向かって歩み続けます。人のことばかり気にしていると、このウサギのように幸せは訪れません。カメのように目標に向かってひたむきに歩み続ける先に幸福が舞い降りてくることを、この童話から学ぶことができます。

 さらに、この童話ではカメがウサギに勝って話を終えますが、現実では結局ウサギが勝つ場合もあり、理不尽なことが起こるのが人生です。それでも、カメなら大丈夫。なぜならカメは、相手ではなくゴールに辿り着くことが重要であり、ウサギが先に着こうが、おそらくカメはそこまで気にしていない。カメは相手など誰でも良く、そもそもカメは他と勝負をしていません。相手ではなく、己と戦っているのがカメだからです。そんなカメのような生き様でいれば、私たちも自ずと幸せな日常を過ごせるのではないでしょうか。

  戦場において百万人に勝つよりも、唯だ一つの自己に克つ者こそ、じつに最上の勝利者である。

(中村元訳『ダンマパダ』103)

 

五月に入り少し憂鬱さを感じるときは、坐禅でも組んで自分を見つめ直すことで、改めて自らの立ち位置と進むべき道筋を、しっかりと確認していきたいものです。

泰丘良玄

 

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