法話の窓

今がスタート

昨今自然災害による被害が多いようだ。ゲリラ豪雨による河川の氾濫や土石流、地震による津波、建物の崩壊、火山の噴火などなどが報じられる。
 曹洞宗の名僧で歌人、書家としても知られる越後の良寛さんがおられる。その良寛さん七十一歳の時、新潟の三条市付近で大地震が発生した。後に三条地震と名付けられた地震である。死者千五百人以上、火災による家屋の焼失も相当な軒数であったと伝えられている。
 その三条市のすぐ南に、良寛さんの父の生まれ故郷で、与板という町がある。ここには良寛さんと親しい友人が何人もいた。そのなかでも酒造業を営む山田杜皐という俳人とはとても親しい間柄であった。
 三条地震が起こった時、良寛さんの住む地は被害が少なかったが、杜皐さんが住む与板は被害が大きかった。杜皐さんはこの地震によって子供までも亡くしている。
 そのとき良寛さんが杜皐さんに災害見舞いの手紙を送っておられる。その一文にこう書かれていた。


  災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
  死ぬる時節には死ぬがよく候
  是はこれ災難を逃るる妙法にて候
 

 三条地震に見舞われ、子供まで亡くした杜皐さんには酷な手紙の内容に思えるが、良寛さんが杜皐さんを諭した最大の言葉に思える。

 私事ですが四年前の八月七日、眼の奥がかすかに痛いと感じ、何か嫌な予感がした。午後にもかかわらず救急で病院へ行った。受付で名前を書いている時に、頭にドーンと激痛が走った。脳出血である。ストレチャーに乗せられて集中治療室のベッドへ、それから一週間、夢か幻を見ながら過ごした。意識が戻り一般病棟に移るが、歩けない、話せない、自分で食べられない、でベッドの上で二週間ほど過ごした。
 それからリハビリが始まったが、心身共にといおうか全然やる気が出なかった。そんなある日看護師さんから「せっかく助かった命ですから、頑張ってやって下さい」と言われた。この言葉を聞いた時、私の頭になぜか良寛さんのあの言葉がうかんだ。


  災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
  死ぬる時節には死ぬがよく候
  是はこれ病難を逃るる妙法にて候
 

 病に侵されたら、その時をスタートとしてやっていけということだと思った時から、リハビリも頑張れるようになった。
 良寛さんのこの言葉、災難や死は人の力ではどうすることもできないだけでなく、どんな事があってもそれをスタートとして頑張っていけよという、戒めもあるのではないでしょうか。
 最後になりましたが被災された方には心からお見舞い申し上げます。

 

髙田慈雲

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