法話の窓

シャカンカン

中国禅宗の初祖・達磨大師の教えとして伝わる「三種安楽(さんしゅあんらく)の法門(ほうもん)」があります。その第一番に「徐緩(じょかん)」という言葉が出てきます。ゆっくり、あわてず、落ち着いて、といったところでしょう。第二「唯浄(ゆいじょう)」=心調え、清浄(きよらか)に。第三「唯善」=腹を立てず、おおらかに、と続きますが、私はこの第一の「徐緩」という言葉がとても好きです。
 徐は、ゆっくり、ゆるやかの意。緩も、ゆるやか、のろいの意。どちらも、この効率至上主義、スピード第一優先の時代にはそぐわないかもしれませんが、そういう時代だからこそ、大事なことを置き去りにして見失わないためにも、日常生活の中で意識して口ずさむように心がけているのです。

 これまでにも似た意味の言葉にいくつか出会いました。
 まずはネパール語の「ビスターリ」です。二十歳代に訪れたヒマラヤトレッキングの折、案内のシェルパさんが、何度も口にしていた言葉です。ヒマラヤ登山の常套句だと聞きました。「ビスターリ・ビスターリ」。「ゆっくり、ゆっくり行きましょう」という意味です。
 私が参加したのはヒマラヤとはいえハイキングのような低山徘徊コースでした(標高約4000m弱)。ツアーでは、休憩の度に薪から火を熾(おこ)し、お湯を沸かしてミルクティー(チャイ)をゆっくり作り、ゆったりと飲んでティータイムをします。でも、当時、体力が有り余っていた私はいい気になり、お茶もそこそこに、珍しい景色の撮影に動き回っていました。そして……やがてダウン。今にして思えば、こういうのんびりとした時間は、高所順応に必要だったに違いありません。そういうおごりを何気なく諫(いさ)めるのが「ビスターリ」だったのです。

 次に出会った言葉がスワヒリ語「ポレポレ」でした。大のアフリカ好きで知られた故いかりや長助さんをご縁にして知った言葉です。古くからの知人であったいかりやさんがお正月に寺に来て、ほろ酔い加減で楽しそうに話してくれたり、アフリカロケのテレビ番組を観たりしていて好きになりました。意味はやはり「ゆっくり」だそうです。言葉の響きもいいですね。

 もうひとつは、和尚になってから知った禅語です。「且緩々(しゃかんかん)」といいます。且(しゃ)は「とりあえず、しばらく」の意。緩は、徐緩で説明しました。「まあまあ、そうあせらず、あわてず、ゆっくりひと息ついて落ち着いて、気負わず自然体でいきましょうよ」といったところでしょうか。この禅語は、何といってもリズムがいいです。「シャカンカン。シャカンカン」と、何度もおまじないのように唱えていると、とてもおおらかな気持ちになってきます。

 何かと変化が激しくあわただしい世の中ですが、そんな時こそ坐禅の心構えが大切です。立っていても、坐っていても、歩いていても、ときおり一旦、気持ちをリセットしましょう。ぴっと背筋を伸ばして、肩の力を抜きながらふーっとひと息、長い息を吐く。そしてわが身と周囲を見据え、「徐緩」「ビスターリ」「ポレポレ」「且緩々」と過ごしたいものです。


長島宗深

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