法話の窓

今、ここ

 縁あって、7年前私はインド・ブッダガヤにある日本寺という超宗派の寺院に半年間駐在させて頂きました。インドという国は訪れた人の評価が「また絶対に行きたい」と「もう2度と行きたくない」、ほぼこの真っ二つに分かれる面白い国です。
 有難いことに私は「また絶対に行きたい」と心から思える程、インドに駐在した半年間、本当に楽しい毎日を過ごさせていただきました。しかし、そんなインド大好きな私でも1つだけ、どうしても耐え難い苦しみがありました。
 それは「食べ物」です。決してインドの御飯が美味しくないわけではありません。ただ、長らく日本を離れていると、兎にも角にも、日本食が無性に食べたくなるのです。日本に帰ったら、必ずお腹いっぱい日本食を食べようと心に誓いました。
 半年間のインド生活を終え、日本に帰ってきた私はその誓いを果たすべく、すぐさま料理店に入り夢にまで見た日本食を心ゆくまで堪能しました。半年間の苦しみから解放された瞬間でした。
 そして一夜明けた次の日の朝、私は朝ごはんを前にして思いました。「インドカレーが食べたい」。
 悩みや苦しみとは、「今ここ」以外を求めることです。「今ここ」ではない「過去」にすがりつき、「未来」を憂うことが悩み苦しみの原因です。まさに煩悩です。しかも煩悩には終わりがありません。1つ満たされたとしても、またすぐに次の煩悩が湧き起こってきます。つまり苦しみ悩みもまた、尽きることがありません。
 ところが見方を変えてみると、煩悩があるお陰で私たちは過去を省みることができるし、また明日への希望を持つことができます。煩悩があるから眠りたい欲が湧き、食べたい欲が湧いてきます。煩悩があるから悩み苦しみは尽きない一方で、煩悩があるお陰で私たちは生きていけるのです。
 つまり「煩悩に生かされてしまっている」から私たちは悩み苦しみます。煩悩に私が振り回されるのではなく、私自身が「煩悩を活かしていく」ことこそが大切なのではないでしょうか。
 現在、人類史に残る伝染病の世界的な流行によって、今まで日常だったこと、当たり前だったことができなくなり、先の見えない状況が続いております。罹患された方や御家族の皆様には、衷心より御見舞い申し上げます。またこの様な危機に際し、命を救う為に昼夜を問わず働いておられる医療従事者、関係者の皆様には感謝の言葉をいくら尽くしても足りません。
 今、日本のみならず世界中の人々が大変辛く苦しい状況に置かれています。
 その中にあって、「今ここ」を生きていく上で、「過去」にすがることも「未来」を憂うこともあるでしょう。しかし、どれだけ「過去」を省みても過去は変えられず、どれだけ「未来」を憂いても、やがて来るその未来は最も大事な「今ここ」の積み重ねです。「過去」は参考に、「未来」を信じて、「今ここ」を大切に、この苦境を共に乗り越えていけますよう祈念いたしております。
 
柳樂 一道
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