法話の窓

初詣のこころがまえ

 新しい一年が始まろうとしています。皆々様も初詣へといらっしゃるでしょう。ご家族やご友人との初詣は気分を一新させ、新年が希望にみちたうつくしいものだと信じさせてくれます。今年一年の無事と平穏、受験合格、家内安全……。様々な願いごとを神仏にいのる初詣は、私たちの心にふかく根付いた大事な行事です。

 初詣にいらっしゃる皆さまを見ていると、思い出すことがあります。私の恩師の、こんな言葉です。
 「神仏にはお願いばかりしてはいけないよ。ありがとうと感謝をすることが大事だよ。」
 ありがとうの語源は「有ること難し」です。今、ここに生きてあることは容易ならぬこと、めったにない、稀有(稀である)という意味です。
 いまを生きる私たちは、生きていることが「当たり前」と思ってしまうことがあります。けれど、私という命は、父と母、どちらが欠けてもこの世に生を受けることはできませんでした。
 その父と母にもそれぞれの父と母があります。両親の両親と遡っていきますと、10代前には1024人の先祖がおり、30代前には1,073,741,824人の先祖がおります。50代前……となると数えるのがこわくなるほどの膨大さです。そんな途方もない数の命のすえに、私たちは生きています。数え切れることのできない命の、たった一人でも欠けていれば、今の私はおりません。
 沢山の嘆き、哀しみ、喜びの果てにうまれた、私というたったひとつの命。記録にも、記憶にも残らず顔も知らないけれども、私という命には深く根付いているご先祖様たち。そのつながりの中でいただいた私のいのち。そして今、ここに私がこうして生きていると思えば、「なんと有り難し……」と神仏に感謝するほかありません。

 初詣となれば、願いごともあるでしょう。受験や手術を控え、人生の転機を迎える方も多いと思われます。だからこそ、願い事と一緒に、神さま仏さまへの感謝を忘れずに持っていていただければと思います。
 「こうして新しい年を無事に迎えられました。ありがとうございます。この上にお願いとは憚られますが、今年一年の家内安全をどうかお願い申し上げます。」
 このようにお伝えいただけるとよろしいのではないでしょうか。
 人は、そもそも何かに感謝するとき、自己肯定感も増します。神さま仏さまに感謝することは、結果としてその人の心が安らぎます。より気持ちよく生きていくためにも、この命への感謝を忘れずにいきたいものです。
 あたらしい一年が始まっても、皆様同様、感謝の心で努めてまいりたいと思います。
 

雲井栄成

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