法話の窓

煩悩の激流から離れる第一歩   ~お彼岸の心~

 

 春分と秋分の日を中日として前後3日、計7日間を「お彼岸」といいます。「彼岸」は煩悩の激流を修行によって渡り切った向こう岸であり、目指す理想の境地や、悟りの世界と表現されます。お彼岸の季節は悟りの世界に到達するためにより一層の修行をする期間と言われています。修行には様々なものがあり、秋のお彼岸に「おはぎ」を作ってお供えすることも立派な修行のひとつです。

 ここで、お彼岸と「おはぎ」とおばあちゃんの実際にあったお話を紹介します。

myoshin1708a.jpg ある所に、おばあちゃんのことが大好きな女の子がいました。おばあちゃんは秋のお彼岸には必ず「おはぎ」を作り、女の子もおばあちゃんが作ってくれる「おはぎ」が大好きでした。やがて女の子は大きくなり結婚をし、おばあちゃんと離れて暮らすことになりました。女の子は離れていてもお彼岸になると「おはぎ」を作りました。しかし、おばあちゃんの「おはぎ」とは何かが違うと感じていました。
 ある日、「おばあちゃんが病気になって、長くは生きられない」と連絡があり、お見舞いに持って行くため、女の子は「おはぎ」を作ってみました。
 しかし、「おばあちゃんのおはぎ」とは何かが違うのです。そこで女の子はおばあちゃんに作り方を教えてもらうことにしました。おばあちゃんは、病気にも係わらず台所に立ってあんこの炊き方、ご飯のつぶし方などを丁寧に教えてくれました。おばあちゃんは病気の影響で沢山は食べられませんでしたが、みんなで一緒に食べることができました。
 数日後、おばあちゃんは入院し、亡くなりました。葬儀が終わりしばらくすると、女の子はもう一度「おはぎ」を作り、お供えをしました。完成した「おはぎ」は「おばあちゃんのおはぎ」であり、一緒に作った思い出や、おばあちゃんが亡くなった悲しみなど様々な感情が押し寄せてきました。
 「おはぎ」におばあちゃんとの繋がりを感じ、おばあちゃんだけでなく、ご先祖様と自分のいのちが繋がっていることを実感できたそうです。

 昔から「亡き人の 美しい心を 受け継ぐことが 供養である」と言われてきました。おばあちゃんに「おはぎ」をお供えした女の子の姿そのものが、亡き人・ご先祖様の美しい心を受け継いだ姿であるといえます。
 お参りを通じて亡きご先祖様へ、今を生きる私たちが受け継いだ「美しい心と生き方」をお供えすることが、煩悩の激流という私たちが生きている世界から抜け出し、理想の境地へと渡る第一歩となるのかもしれません。

横山友宏

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