法話の窓

春彼岸

 

豊かなる 念(おも)ひに通ふ 母の笑み 言葉なくして 見守られつつ
照井親資

myoshin1503b.jpg  お母さんと赤ちゃんの微笑ましい姿が詩に描写されています。
 "豊かなるおもい"。それは、悲しいときも苦しいときも、どのような逆境にあっても、ひねくれたり寂しがったりせずに、柔軟に全てを受け入れていくこころのことではないでしょうか。そして、それは自分だけでなく、ふれあう人々にもきっと、こころ暖まる思いを呼び起こさせるものです。
 詩の中で、子は母に見守られています。赤ちゃんは、誰かにみてもらわないと決して生きてはゆけません。親から頂いたもので大きくなります。つまり、私たちは一人で生きてはゆけません。多くの縁によって生かされています。名前にしても、親につけていただいて、それを私達は名乗り、コミュニケーションをとって社会の中で生きています。

 「生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう」。人は決して一人で生きてはゆけないから、誰かにお世話になって、そのお世話になった恩返しをしたいと思うわけです。
 しかし、報恩という恩返しをしたくても、なかなか、本当の意味での恩返しをすることは難しいようです。そこで、詩に描写される、母と子の間の言葉もいらないくらいの豊かなおもいを、普段私たちがこころの中に持つだけでも、報恩という恩返しになるのではないでしょうか。
 やさしい眼差(まなざ)しで接すること。にこやかな顔で接すること。やさしい言葉で接すること。自分の身体でできることを奉仕すること。他のために心を配ること。困っている人に、席や場所を譲ること。困っている人に自分の家を提供すること。
 これら七つは、豊かなるおもいから流れ出る「ねがい」であり、決してお金のかからない、誰もができる無財の七施という布施行です。お彼岸というと、とかく亡き人の冥福を弔う事だけに止(とど)められがちですが、お中日をはさんだ前後三日間は、自分を見つめ直し、一人一人が身近なところから七つのことを実践してみてはいかがでしょうか。

松原信樹

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