おかげさま運動

私たちがこの世に存在するということ、私は今、どうしてここにいるのか、ということを考えられたことがあるでしょうか?
私たちは突然この世に生まれてきたのではありません。誰にでも両親がいます。両親の出会いが私の存在する直接の縁ということになりますが、両親それぞれの両親をたどっていきますと、遠い遠い先祖まで、何万年、何十万年と途切れることなく脈々と続いてきた、無数の生命があることに気づかされます。
また私たちが生きているということは、家族だけでなく、社会の人たちや食べもの、着るもの、あらゆるものに至るまで、多くの支えを受けています。つまり私たちは、けして自分一人で生きているのではなく、生かされているのです。そのことに気づいた時に出てくる感謝の言葉が「おかげさま」なのです。

生きているということは 誰かに借りを作ること
生きていくということは その借りを返していくこと
誰かに借りたら 誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう  (永六輔)

という詩もありますが、仏教では自分を生かしてくれている様々な支えを父母、衆生、国土、三宝の四つの恩と捉え、この四恩に報いて生きることを説いています。そして妙心寺は花園法皇様の「報恩謝徳」の願いに依って建立されたお寺なのです。 ですから私たち妙心寺に縁のある者は皆、花園法皇様の願いを実現するためにも「おかげさま」に報いていかなければなりません。それが「おかげさま運動」であり、そのための同心同行のつどいが「花園会」なのです。 「花園会」では、以下のような様々な活動を通じておかげさま運動を実践しています。

  • ・各種研修会
  • ・無相教会(御詠歌活動)
  • ・百萬人写経運動