わたしたちのできること

 わたしたち、妙心寺派僧侶のできることは何でしょうか?
               地道に活動を続ける僧侶たちからのご報告です。


妙心寺派寺院が被災者へ住居を提供
現在、次の寺院が被災者を受け入れています。詳細は、各寺院までお電話にてお問い合わせ下さい。
  1,1) 場所:愛知県犬山市富岡字小野洞
    2) 名称:宗教法人瑞泉寺別院
    3) 規模:庫裏1棟、収容人員30~50名 8畳~10畳の個室4から5部屋あり。寝具 あり。
    4) 設備:風呂、キッチン設備あり、
    5) 条件:各自自炊又は、愛知西教区関係者のボランティア必要。
    6) 連絡先
           0568-61-4193 陽徳寺宮川禅磨(ようとくじ みやがわ ぜんま)
          0568-61-0243 瑞泉寺知客(ずいせんじ しか)まで。

     2,10名ほどでしたら、当方に受け入れ準備がございます。
           総持院
            名古屋市熱田区玉の井町7-20
            052-682-3568
            makino@soujiin.com
            http://www.soujiin.com/

  3,檀家さんの空き家を一時避難所として3年程度無償で借りることが出来ました。
       ◎場所 山梨県甲府市塚原町
       ◎規模 母屋1階部分  「6畳1間、8畳1間、リビング10畳、台所、風呂場、洗面所、トイレ」
            母屋2階部分 「6畳1間(タンス3棹あり)、8畳1間、トイレ」 離れ1階のみ 「24畳広間、8畳の台所、トイレ」
       ◎駐車場・狭いですが5台は可能
       ◎冷蔵庫はありますが、洗濯機・電子レンジは用意します
         ※乳幼児がいらっしゃるご家族を優先させて下さい。
         ※田舎にあるため多少の泣き声は大丈夫です。
         ※各自で自炊をお願いします。
         ※1ヶ寺での対応なので、市町村単位の避難所のような支援物資は届きませんが出来る限り
          の準備はさせて頂きます。
       ●移動手段のない方
        4月4~7日の間に数台のミニバン(1台に1つチャイルドシートを付け)で迎えに行く準備を進めています。
       ●車をお持ちの方
        4月4~7日の間に山梨まで代わりに運転する者も連れて行く準備も進めています。

        ☆連絡先・禪林院 山田哲岳
          携帯 090-3319-5985
          mail tetsugaku-padi821548divemaster@docomo.ne.jp

 4,埼玉県比企郡ときがわ町瀬戸元上60、皎圓寺さまより。
     地元の町にも同様の登録がしてあるので、本山か町か、早く申し込まれた方を優先して
     受け入れさせて頂きます。
     受け入れ施設は座禅堂と開山堂で、台所は1か所、便所は和式の汲取り式。風呂は50m
     離れた所にあり、薪で沸かします。食器、布団類はこちらで用意します。2世帯、10~15人
     まで受け入れることが可能ですが、2世帯が協力して生活していただくことが求められます。
     部屋代、高熱水費は無料。生活費は全額ではないが、なるべく補助します。近代化された
     施設ではないので、体の弱いご老人には不向きかも知れません。
     連絡先は、0493-65-1358。住職の柳瀬寛洲さんまで。


ボランティア登録を開始(妙心寺宗務本所)
妙心寺派宗務本所では、4月1日から妙心寺派内の寺院・檀信徒を対象に、ボランティア登録を開始しました。


現地へ慰問調査団を派遣(妙心寺宗務本所)
妙心寺派宗務本所では、3月15日から19日まで、3月23日から25日まで、さらには3月25日から29日まで慰問調査から始まり、救援物資の搬送などを行いました。
松井宗益宗務総長も、3月26日から28日まで現地入りし、23ケ寺を慰問しました。
第2回派遣の詳細は、こちらからご覧になれます。
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                現場を目の前に、愕然とたたずむ松井総長(宮城県七ヶ浜町)


日本赤十字に義援金(妙心寺派)
妙心寺派として、第一次義援金3000万円を、日本赤十字社へ寄託いたしました。


一個人として物資を届ける(静岡東教区第5部 福寿院・津田尚孝さん)
静岡東教区の福寿院さんが、大船渡と塩釜に救援物資を届けられ、大和町の天皇寺さんに寄られました。
まったくの個人としての行動だそうですが、確実に救援活動を行っておられます。

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お寺が地域の避難所に(東北教区第3部 慈恩寺さん・華蔵寺さんなど)
市内約8千世帯のうち7~8割が津波に襲われ、壊滅状態となった岩手県陸前高田市。
広田半島の先端部にある広田町泊(とまり)地区では、高台にある慈恩寺に、家が流された69人が身を寄せる。
16日午前10時すぎ、避難所で暮らす女性たちが黒糖やクルミが入った郷土の蒸し菓子「がんづき」を配った。「蓄えや届き始めた物資を使いながらしのいでいます」と住職の古山敬光さん(62)。昼前には、日本赤十字の医師や看護師が初めて訪れ、高齢者の体調を診て回った。

200軒ほどの家屋が密集し、アワビやカキなどの養殖が盛んな漁師町。明治時代から津波に襲われた体験が語り継がれ、心構えはできているつもりだった。それでも「まさかここまで来るとは。信じられなかった」と古山さん。海岸沿いの高さ約6メートルの防潮堤から寺までは数百メートル。11日の津波は防潮堤を乗り越え、あっという間に集落をのみ込んだ。半島と市中心部を結ぶ県道はがれきに埋まり、集落は14日まで「孤島」状態だった。

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水が引くと、持ちこたえた家の住民らが食料や燃料を持って寺に集まった。中学生たちは、がれきの中から調味料を探して歩いた。井戸水をくむのは子供たちの仕事だ。食事はおにぎりを朝晩一つずつ。支援が届き始めた14日は、チャーハンとなますを昼食に出せた。「善意にすがって生きていますよ」。避難所のまとめ役で地区振興会長の菅野徳一さん(66)は割り箸を無駄にしないよう、ティッシュに包んで持ち歩いている。

停電は今も続いている。寺のろうそくを無駄にしないよう、明るい間に夕食を済ませ、午後6時には床に就く。早起きが常の漁師たちには「明るくなるまで寝 たままでいて」と頼んでいる。畳が敷き詰められた140畳の大広間に、寺にあった布団を敷いて雑魚寝する。大きな石油ストーブがいくつかあるため、今のと ころ暖はとれている。 (3/17朝日新聞)


いち早く私財で救援物資を調達し届ける(東北教区第2部向性院 長谷川一法さん)
3月14日、避難所となっている華蔵寺住職の畑山さんが、物資の調達に奥州市まで決死の移動を試みた。
その際、携帯電話の使える同市内より、友人の長谷川さんへ食料が必要であることを伝えた。
長谷川さんは、私財をなげうって食料を調達。友人のガソリンスタンドからガソリン100リットルと灯油160リットルを融通してもらった。3月17日、華蔵寺・慈恩寺・麟祥寺の3か寺に物資を届けた。

また東北教区第2部では、彼岸法要を利用して参列者から毛布や履き物の物資や義援金を集め、22日に現地の寺へ届けた。
29日には、3回目の救援物資を4トントラックに満載し、現地をまわった。以後も続けられる予定である。

火葬場で読経の奉仕(宮城福島教区 第4部の僧侶)
参加寺院は、西園寺・慈雲寺・金剛寺・天祥寺・松林寺・願成寺・東園寺、福定寺(曹洞宗)・雲上寺(浄土宗)・楊岐寺・玉川寺(曹洞宗)、法性院(曹洞宗)・慈雲寺(曹洞宗)・化度寺(曹洞宗)のみなさん。僧侶不在の方の火葬調経を奉仕で行っている。葬儀社とも連携し、僧侶不在の家に奉仕で読経をしている旨を伝え、同意が得られればお勤めをする。菩提寺の住職がいらっしゃった場合には待合で待機する。


義援金托鉢(信越教区 第2部の僧侶)
信越教区第2部では、3月15日に部内を義援金托鉢している。
朝9時より部内を二つに分け、それぞれ10名ずつが一帯を托鉢した。収益の65万円余は、花園会の義援金へと送金された。

本堂の泥かきへ(宮城福島教区 第4部の若手僧侶)
被害が甚大な、七ヶ浜町の同性寺さんへ、おなじ部内の若手僧侶が集まり、本堂の泥かきをしている。
同性寺さんは、地震・津波共に大きな被害を受けた。特に本堂は新築で、この4月に落慶式を予定していた。緊急時の避難所となっていた同寺境内に集まった50名の人びとの中で、大津波による避難所の海抜不足を指摘する人がおり、全員で裏の山手にある墓地に再度避難。一命をとりとめた。後に、ヘリコプターで救援された。
住職である、宮城福島教区所長の渡辺俊道さんは、笑うしかないと気丈な笑顔で慰問視察団を迎え入れた。
                  


自転車で近隣のお寺へ手伝いに(宮城福島教区第3部の僧侶・禪興寺・梅澤徹玄さん)
ガソリン不足が未だ解消されない為、本日3/27朝課後、早朝より、自転車にて部内(黒川郡)・法類寺院の被災状況確認、お見舞に町内、隣町を回った。。先ずは石材店にて境内灯篭等の修復依頼の確認、吉田川の堤防沿いにサイクリング・ロードを直走り、檜和田(ひわだ)地区の悟溪寺さんへ。

本堂は建物ごと20cm程左へずれて、本堂内部の土壁が崩落し、梁が一本はずれ、庫裡との通路接続部分の柱が折れ曲がる等、甚大な被害。お墓は檀家さんが自力で復旧、修復した。住職、閑栖(かんせい=先住職)夫妻と1歳を過ぎたお嬢ちゃんと話ができた。被害は甚大ながら、本堂の建物そのものはしっかりしており、一度吊り上げるなどして、基礎土台部分を修復すれば、何とかなるのではないかと思えた。又、檀家さん方の母屋等に大きな被害はなく、本堂の復旧に協力してもらうことは可能な状況と思われた。

隣の報恩寺さんは、固い岩盤上の山寺だけあって、建物自体は大丈夫だったが、内陣の壁が三方崩落したとの事。

大平地区の龍華院さんは築10年の新しい本堂、庫裡であるが、基礎工事がしっかりしていた為、大きな被害はなかったが、上階の瓦が落下して、下階の瓦が破損した他、壁にヒビ、灯篭転倒があった。墓は軒並み倒れたものの、石材店が継続的に修復に入ってくれているので、大分修復が進んだとのこと。

最後に隣町大郷町の中村地区東光寺さんは、本堂使用不可の為、隣接する花園会館で葬儀の最中。葬儀終了後に副住職ご夫妻さんに本堂内を御案内して頂いた。 ご住職は病気療養中の爲、仙台市内の娘さん宅に疎開中、副住職さんの奥様は身重で臨月、来月4月20日以降が出産予定日という大変な状況ながらも懸命に護寺復旧に努めておられた。本堂内は壁が何面もすっかり崩落、又は崩落寸前で、特に内陣と下間の間を仕切る壁はすっかり崩れ落ちて、見えるはずのない部分が素通りできる状態。

大和町から大郷町に抜ける道路の路肩は崩落、亀裂が激しく、道路に亀裂、ひび割れ、橋梁と道路の接合部分には激しい段差、マンホールが突出する等、地震被害の激しい傷跡が散見され、吉田川沿いの民家の納屋、倉庫は全倒壊しているものも数件あった。