今月の法話
[ 2017年02月 今月の法話 ]

涅槃会に想う

多田曹渓

 暦の上では立春といいつつも、まだまだ春は遠く、冷え込みの厳しい中、お寺では正月の後片づけを済ませた途端、涅槃会の準備に取り掛かります。
 この時季の2月15日、お釈迦さまは80歳で亡くなられました。それにちなんで、涅槃図を飾ります。
 全ての生き物を慈しんだお釈迦さまは、クシナガラの地で頭を北に向け死を迎えていく。弟子の阿難尊者を始め菩薩や信者、動物や虫たちが嘆き悲しむ姿、そして、悲しみのあまり沙羅双樹の木が2月というのに花を咲かせ、やがて枯れていく様子が描かれています。そして、それを見ようとたくさんの方々がお寺にお参りに来られるのです。 

  座る余地まだ涅槃図の中にあり   平畑静塔

myoshin1702b.jpg この絵を私たちは、第三者として観るのではなく、その絵の中に座って、共に悲しんで慈しみを感じている。絵の中の世界と一つになって共にお釈迦さま入滅を偲ぶと詩います。
 かれこれ20年近く前に、ある講習会で故松原哲明師にその当時の様子を話していただきました。
 「お釈迦さまは頭を北に向け、顔を西に向け何を見て亡くなったんだろうね。ほんとはどこに行きたかったのか。お釈迦さまが見ていた80キロ先には、母である摩耶夫人の生まれたラーマグラーマ村があったんだ。母の故郷に行きたかったんだ。日数にしてあと3日でした。あと3日、頑張れば最後の旅は完成されていました。でも行けなかった。お釈迦様もやはり私たちと一緒で人間だったんだなと思います」と。
 それを聞いた時、私は背筋が凍りつき言葉にならない感動を覚えました。日頃、お釈迦さまのことを本で読んだりしてある程度のことは理解していたのですが、心の中に人間的な思いは感じ取れなかったからです。そんな私に、故松原師は人間味のある姿を教えてくれた気がします。
 ですが、この母の故郷に行きたかったということは完全に証明されてはいません。「そんなことあるわけない。お悟りを開いて何十年も旅をし続けたお釈迦さまは、やはり最後の旅も、そんなおセンチ(感傷的)な思いはなかった。死ぬまで求道の旅を続けたのだ」と否定的な言葉で返した方もいました。
 私はどちらが正しいのかわかりません。でも、私は全ての物に慈しみを注いだお釈迦さまは最後の最後に母に慈しみを注いだと信じたいのです。

 以来、松原師とは、インド、中国、各地での研修に同行させて頂きました。
 その都度、「あなたたちは誰について行くんですか? 私はお坊さんだからお釈迦さまについて行くんです」と言われました。
 私たち僧侶はどうしても、葬儀や法事といった法務を中心に生活してしまいます。それはそれで構いません。ですが、お釈迦さまの思いや生き様を心の中に持ち続けながら法務を勤めていかなければならないな、といつもこの涅槃の時期に感じるのです。
 そんな思いで涅槃図を眺めていると、まだまだその絵の中には私も座る場所がありました。

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[ 2017年02月 今月の法話 ]

法句経

奈良空山

 2月15日はお釈迦様が亡くなられた日、涅槃に入られた日で、全国のお寺で涅槃会が行なわれます。
 お釈迦様はご生涯で「8万4千の法門」と言われる沢山の教えを遺されていますが、直接お釈迦様が本当にお説きになったとわかるお経は案外少ないそうです。法句経は、その少ないお経の一つと言われていて、お釈迦様が身の回りにおられた人にお説きになった短いお言葉を伝えています。その中に、

  おのれ 悪しきを作さば おのれ穢る
  おのれ 悪しきを作さざれば おのれ清し
  穢れと清浄とは すなわちおのれにあり
  いかなる人も 他人をば清むる能わず(法句経 第十二品「自己」)

と有ります。
myoshin1702a.jpg 私たちは、何かしら思うようにいかない不満をいつも持っています。その不満を「自分は悪くない」、他の人のせいだと考えると、誰かを非難するようになります。皆がお互いを非難し、争い、傷つき、傷つけることに成ります。そんな世界を修羅の世界と言いますが、そこには苦痛と苦悩しかなく、解決の道は無いのです。

 お釈迦様は解決の道は自分自身にあると示されています。人を責めるのでなく、自身の中に原因を探して、改めていくことが唯一の解決の道だと示されています。
 「自業自得」と言うと、自分がした悪い行ないが自分に返ってくることと思われていますが、悪いことだけでなく良い行ないの結果が返ってくることも「自業自得」なのです。
 私たちは、良いことは自分の手柄と考え、悪いことは人のせいだと考えます。しかしそうでは有りません。良いことも悪いことも、全てが自分の行ないの結果だと気付けば、他人を責めなくて済みます。
 今の苦しい状態が自分の行ないの結果だと認めることはいやなことです。でも、それを他人のせいにしていても苦しみは無くなりません。むしろ、他人を責めるという新しい苦しみが増えるだけです。

 私事ですが、10年前に大きな事故に有って、今でも脚が痛くて困っています。この事故が相手のせいだったら脚の痛みだけでなく、相手を憎み心まで痛いでしょうが、たまたま自分の不注意が原因なので「自業自得」と納得するしか有りません。そう考えると痛いのは脚だけで、むしろ有難く思っています。
 身体の痛みは癒す方法がありますが、心の痛みは癒す方法がありません。「いかなる人も他人をば清むる能わず」と言われたように自分で癒すしかないのです。
 近頃は世界中で、不満を他人のせいにして、お互いを非難し合う風潮が見られます。しかし、それは本当の癒し、本当の幸せに結び付くのでしょうか。
 他人を責めるのでなく、もう一度自分を見つめ直してみようではありませんか。

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[ 2014年03月 シリーズ法話(月刊誌「花園」より) ]

【清泉】いのちあるもの 幸であれ

小田実全(おだ じつぜん)

 仏教徒は幸せだと思われませんでしょうか。
 なぜなら、宗派にはあまりこだわりがありませんので、宗派が異なるからといって僧侶がお互いに武器を手にとって争ったことを歴史のうえに学んだ人はいないでしょう。
 それには理由がありそうなものだと考えてみますと、幼い頃から「宗論は釈迦の恥じ」と戒めてこられたことを思い出します。もともとはお釈迦さまから始まったのだから、お互いが争っては、お釈迦さまに恥をかかせることになると戒めてこられたのであります。
 しかし、それだけではなかなか得心ができませんでした。私どもが朝夕のお勤めの最後に必ずお称えする『四弘誓願文』というお経があります。その第一には「衆生無辺誓願度」(いのちあるものは限りなけれども誓って導かんことを願う)と称えています。
 これは、「生きとし生けるもの幸であれ」という、お釈迦さまの願いそのもので、仏教の教えは、信じようとも信じまいとも〔いのちあるものは〕必ず真理に目覚めて心安らかにすごして欲しいとの願いが出発点となっていることに気づかされます。
 お釈迦さまの願いは、すなわち私たち仏教徒の願いであらねばなりません。
 宗教、人種や民族、国の違いを乗り越えて「人が人として、してはならないこと、なすべきことは何か」を、今私たちは自らに問わねばならないのであります。お彼岸を機縁として、学び、行じ、永遠不変の真理に目覚めるよう努め、お互いの違いを認めあって、和(なご)みの世界を築いてまいりたいものです。1403houwa1.jpg
 さて最後になりますが、多くの人々とのご縁を感謝しつつ、それらの人々の生きざまの中にお釈迦さまの彼岸への誘いに適うものを求めて、わが心の内を訊ねてみた一年間でありました。お付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。
     〜月刊誌「花園」より

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[ 2014年03月 合掌(信じあい 支えあい 拝みあう)(月刊誌「花園」より) ]

『いただきます』と 『ごちそうさま』

豊岳澄明

 今から十年ほど前のことです。一才だった二番目の娘がある時、おなかの病気になって、お医者さんから食べ物に制限を受けてしまいました。その制限の中に長女の大好物のスパゲティーがはいっていました。
 妹がお医者さんから止められてるんだからと言い聞かされて、当時三歳だった長女は、好きなスパゲティーを「お母ちゃん作って!」とせがむことも無くじっと我慢していました。しかし二ヶ月経っても、まだ『スパゲティー解禁』にはなりません。
 長女がよく辛抱しているのが分かっていたので、外出した時にいっぺん食堂で食べさせてやろうと思い、連れていきました。お店へ入ると娘は迷わずスパゲティーを注文し、間もなくそれが目の前に運ばれて来ました。
 その瞬間、娘は目を輝かせて大声で言ったのです。
 「わあーおいしそう、いっただっきまーす」
その声がお店じゅうに響き渡って、いっぺんにお店の人や他のお客さんたちの笑顔を誘い、注目を集めることになりました。
 それからは一口食べるごとに「おいしいね、おいしいね」を繰り返し、年齢にも似合わず一人前を全部平らげてしまいました。そして食べ終わると、またひときわ大きな声で「あーおいしかった、ごちそうさま!」その声がまた響き渡り、まわりの人達は思わず大爆笑、お店の人は「そう言って貰えておばちゃんもうれしいわ!」と言ってくれました。
 『いただきます』と『ごちそうさま』に関する私の一番の思い出です。
 食事をするということは、動物や魚、そして野菜や果物の命を『いただく』大事な儀式です。動物や魚に『命』があることはすぐわかります。しかし、野菜や果物には命がない、などと錯覚している人がいますが、そうではありません。野菜や果物にも勿論いのちがあります。命があるからこそ、成長し、葉を茂らせたり実を付けたりするのです。
 そういうすべての命を『いただき』ながら我々自身の命が支えられ、生かされているのです。いわば私たちのこの体は『いのちのかたまり』と言えるでしょう。『いのちのかたまり』であるこの体をどう使えば良いか、私たちにはそれを考える使命があると思います。『使命』という字は『いのちを使う』という字を書きますよね......。
 『ごちそうさま』は漢字では『ご馳走様』です。『馳』も『走』も食べる物を準備する為に忙しく動き回ることを意味します。それらの文字に『様』をつけて、食事を終えた人が感謝の気持ちを表す言葉、それが『ごちそうさま」です。1403houwa2.jpg
 両手を合わせて合掌して、みんなが、食事の前に「いただきます」、食事の後に「ごちそうさま(でした)」を忘れずに言うようにしてもらいたいものですが、ちょっと気になっていることがあります。
 誰でも『いただきます』と『ごちそうさま』はワン・セットだと思っています。食事の前に「いただきます」と言ったなら、食事が終われば必ず「ごちそうさま」をいうに違いないと考えがちですが、本当にそうでしょうか。
 TVドラマや何かで出演者が食事をとるシーンがありますと、『いただきます』は時々
見ますが、『ごちそうさま』はまず見ることがありません。それにならっているのかどうか、普段の我々の生活でも、本来ワン・セットであるはずの『いただきます』と『ごちそうさま』との間に、大きな差があるように思えてなりません。忘すれられがちの「ごちそうさま」ではありますが、決して忘れるわけにはゆきません。
 私たちの『いのち」を支えるために、動物や魚や野菜や果物が、いのちを提供してくれているのだ、ということを思いださせてくれる「いただきます」と、私たちの食事を準備するための、様々なご苦労に対する感謝を表す「ごちそうさま」、二つで一組です。そしてそれらはどちらも両手を合わせて合掌した姿で言うのを忘れないようにしましょう。

       〜月刊誌「花園」より

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[ 2013年10月 季節の法話 ]

達磨忌によせて

  絵  原 良子

1310houwa3.jpg 達磨忌の十月五日は、気候的にも、「白秋」のことばがぴったりするすがすがしい季節です。達磨忌がめぐってくると、私はダルマさん(達磨大師)と梁(りょう)の武帝(ぶてい)の対話を思い出します。
 武帝がダルマさんに尋ねます。
 「私は多くの寺院を建立し、お坊さんに供養しました。どんな功徳がありましょうか」
すると、ダルマさんはさらりと答えます。
 「そんな功徳なんか、ありません」
 おそらく、武帝はダルマさんがほめてくれて、「これだけの善行に務めたのだから、必ずそれなりの功徳があります」「あなたの人生は順風満帆です」と保証してくれることを期待していたにちがいありません。ところがダルマさんはにべもない返事をしました。なぜでしょうか。もしダルマさんに、「この男が自分にとってよいスポンサーになってくれたら、これからの生活も安定するだろうし、禅の教えを広めるにもすごく役立つだろう」という下心が働いていたら、こんな返事をしなかったはずです。ダルマさんにはそういう計算はみじんもありませんでした。1310houwa4.jpg
 それにもし、武帝が、「善行をこれだけしたのになにもならなかった。仏教なんか信仰しても価値がない」と思い込んでしまったら、逆に仏教を批判し、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)さえしてしまったかもしれません。
 武帝のように、宗教を現世利益をかなえてくれるものとしてのみ信じ、求めているなら、結局、その結果にいつまでたっても一喜一憂を繰り返すだけです。それにあいかわらず、いつまでたっても人生で起こる不可避的な苦悩に振り回されてしまうだけです。台風に襲われたとき、いつも去るまでじっと静かに我慢しているだけでは、全く人間としての成長がないことになります。ダルマさんが「功徳なし」といったのは、そういう武帝の考えをバッサリ断ち切ってやろうというダルマさんの武帝への温かい思いやりがあったと思います。
 この秋の澄み切った空のように、今なすべきことを無心になすことが、ダルマさんの教えのような気がします。

   達磨忌や五山十刹(さつ)同じ日に

                       尾崎 迷堂

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