今月の法話
[ 2017年04月 今月の法話 ]

新たな私のはじまり

曦宗温

 4月は新たなはじまりを感じさせる季節です。ランドセルがとても大きく見える子、ダブダブの学生服を着て少し緊張の面持ちの中学生や制服が変わった高校生、真新しいスーツを着て会社に向かう新社会人の姿を見かけると、新たな環境に戸惑い、出来の悪さに悩んだ昔の自分と重なって、「がんばれ!」と思わず声をかけたくなります。

  失禁したあとの
  言葉無き優しさ
  屈辱と
  申し訳なさとを
  そっと包む

 これは3歳の時に筋ジストロフィー症を発症した岩崎航(いわさきわたる)さんの詩です。岩崎さんは20歳の時には人工呼吸器と鼻から管を入れての経管栄養無しでは生きていけない生活になりました。何年も吐き気が止まらず苦しみ、そして仲間は楽しい学生生活を送って社会に躍り出ていくのに、既に余生のような生き方をしなければならない自分に絶望してしまったそうです。
 しかしある時、苦しみ続ける自分のその背中を黙ってさすり続けている父母の存在に気がつきます。自分と一緒に苦しみ続けながら支えてくださった父母の慈しみに気がついた時、岩崎さんの中でパチンと何かが弾けます。そして「何でもいい、自分にもできることをしたい」と赤裸々な自分の思いを五行詩に託すようになりました。

myoshin1704b.jpg  自分なりの
  春夏秋冬を
  生きる
  季節外れの
  服を脱ぎ捨て

  春の温かさを
  知るための
  冬であったと
  言い切ることに
  臆するな

 私たちは「自我」という心の壁を自分で作ることによってそれを自分と思い込み、壁によって周りが見えなくなることから不安や怒りを作り出してしまいます。けれども岩崎さんのように、その壁がパチンと壊れてしまえば「あなた」と「私」を隔てない世界があるのです。あなたの「くるしい」は私の「くるしい」、あなたの「うれしい」は私の「うれしい」と共に分かち合う世界、「仏の世界」が今ここにあったのだと気づくのです。

  若い衆や 死ぬが嫌なら 今死にゃれ 一度死ねば もう死なぬぞや

 臨済宗中興の祖、白隠禅師の道歌に出てくる「若い衆」とは年齢の若い人だけでなく、この世界の真実がわからないので緊張しながら人生をビクビク歩いている私たちのことです。つまりこの道歌は

 「勝手にこしらえた『自分』なんか壊してしまえ。壊せば過去現在未来あらゆるものと一つ、恐れることは何もないのだ」

 世界の真実に気づいて欲しいと願い続ける白隠禅師からの応援メッセージなのです。

 4月は新たなはじまりを感じさせる季節です。「いつも仏様やご先祖様、あらゆる方から応援してくださっている」、そう信じて、真実の日々を歩みはじめてください。


引用:岩崎航『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社刊)より

続きはこちら

[ 2017年04月 今月の法話 ]

新年度を迎えて
―年年歳歳 花相い似たり 歳歳年年人同じからず(『唐詩選』)―

松原信樹

 副題にあるこの言葉は、中国・初唐の詩人、劉希夷(りゅうきい)の「代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わる)」という詩の一節で、「年ごとに花は同じく、年ごとに見る人は変わってゆく」という意味です。年々新たに繰り返す自然と、年ごとに衰えていく人間を対比させ、年を経る感傷を詠っています。

myoshin1704a.jpg 私のお寺に樹齢200年は経つだろうと思われる大きな楠の木があります。亡くなった祖父や父もこの木に登ったことでしょうし、私自身も幼い時には友達と一緒に遊んでおりました。関東大震災、太平洋戦争の時もこの木は今と同じようにそびえ立ち、祖父や父の葬儀の日にはまるで人生の旅立ちを見守っているかのように感じられたものです。
 楠の木は、一年一年葉を落としては、また同じように葉をつけます。それを200年このかた、ずっと行なっているのです。毎年、新たに芽吹く若葉が変わりゆく時節の中で、その役目をまっとうしてくれたからこそ、楠の木は今もしっかりと根を下ろし、堂々と立っていられるのです。その意味で、私たちも楠の木の姿と同じく、人生の与えられた区間を一所懸命走り抜き、私の人生を生ききってリレーのバトンのように次の世代に渡していきたいものです。

 皆さまの日常のお仕事の中に、それぞれ学びがあると思います。入社して間もないときは、道具の名前も機械の名前も知らないが、それをひとつひとつ覚え、全く未知の世界を長い時間かけて一人前になったとします。一人前になったら、今度は次に続く後輩に仕事を教えなければなりません。私も多くの先輩から多くのことを教えていただきました。後輩に教える立場に立った時、例えば5つのことを教えようとすると5つを知っているだけでは、後輩には何も伝わりません。ですから人に教えようとすると自分もまた勉強することになり、学びはずっと続くのです。
 4月になりますと、新入社員が入社してきます。今まで学び受け継いだことを後輩に継承していくことが、多くのことを教えてくれた先輩への恩返しであり使命ではないでしょうか。これまでに数え切れないほどの「年年歳歳」があったからこそ、私たちは今、ここにいるのです。

続きはこちら


[ 2014年03月 シリーズ法話(月刊誌「花園」より) ]

【清泉】いのちあるもの 幸であれ

小田実全(おだ じつぜん)

 仏教徒は幸せだと思われませんでしょうか。
 なぜなら、宗派にはあまりこだわりがありませんので、宗派が異なるからといって僧侶がお互いに武器を手にとって争ったことを歴史のうえに学んだ人はいないでしょう。
 それには理由がありそうなものだと考えてみますと、幼い頃から「宗論は釈迦の恥じ」と戒めてこられたことを思い出します。もともとはお釈迦さまから始まったのだから、お互いが争っては、お釈迦さまに恥をかかせることになると戒めてこられたのであります。
 しかし、それだけではなかなか得心ができませんでした。私どもが朝夕のお勤めの最後に必ずお称えする『四弘誓願文』というお経があります。その第一には「衆生無辺誓願度」(いのちあるものは限りなけれども誓って導かんことを願う)と称えています。
 これは、「生きとし生けるもの幸であれ」という、お釈迦さまの願いそのもので、仏教の教えは、信じようとも信じまいとも〔いのちあるものは〕必ず真理に目覚めて心安らかにすごして欲しいとの願いが出発点となっていることに気づかされます。
 お釈迦さまの願いは、すなわち私たち仏教徒の願いであらねばなりません。
 宗教、人種や民族、国の違いを乗り越えて「人が人として、してはならないこと、なすべきことは何か」を、今私たちは自らに問わねばならないのであります。お彼岸を機縁として、学び、行じ、永遠不変の真理に目覚めるよう努め、お互いの違いを認めあって、和(なご)みの世界を築いてまいりたいものです。1403houwa1.jpg
 さて最後になりますが、多くの人々とのご縁を感謝しつつ、それらの人々の生きざまの中にお釈迦さまの彼岸への誘いに適うものを求めて、わが心の内を訊ねてみた一年間でありました。お付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。
     〜月刊誌「花園」より

続きはこちら


[ 2014年03月 合掌(信じあい 支えあい 拝みあう)(月刊誌「花園」より) ]

『いただきます』と 『ごちそうさま』

豊岳澄明

 今から十年ほど前のことです。一才だった二番目の娘がある時、おなかの病気になって、お医者さんから食べ物に制限を受けてしまいました。その制限の中に長女の大好物のスパゲティーがはいっていました。
 妹がお医者さんから止められてるんだからと言い聞かされて、当時三歳だった長女は、好きなスパゲティーを「お母ちゃん作って!」とせがむことも無くじっと我慢していました。しかし二ヶ月経っても、まだ『スパゲティー解禁』にはなりません。
 長女がよく辛抱しているのが分かっていたので、外出した時にいっぺん食堂で食べさせてやろうと思い、連れていきました。お店へ入ると娘は迷わずスパゲティーを注文し、間もなくそれが目の前に運ばれて来ました。
 その瞬間、娘は目を輝かせて大声で言ったのです。
 「わあーおいしそう、いっただっきまーす」
その声がお店じゅうに響き渡って、いっぺんにお店の人や他のお客さんたちの笑顔を誘い、注目を集めることになりました。
 それからは一口食べるごとに「おいしいね、おいしいね」を繰り返し、年齢にも似合わず一人前を全部平らげてしまいました。そして食べ終わると、またひときわ大きな声で「あーおいしかった、ごちそうさま!」その声がまた響き渡り、まわりの人達は思わず大爆笑、お店の人は「そう言って貰えておばちゃんもうれしいわ!」と言ってくれました。
 『いただきます』と『ごちそうさま』に関する私の一番の思い出です。
 食事をするということは、動物や魚、そして野菜や果物の命を『いただく』大事な儀式です。動物や魚に『命』があることはすぐわかります。しかし、野菜や果物には命がない、などと錯覚している人がいますが、そうではありません。野菜や果物にも勿論いのちがあります。命があるからこそ、成長し、葉を茂らせたり実を付けたりするのです。
 そういうすべての命を『いただき』ながら我々自身の命が支えられ、生かされているのです。いわば私たちのこの体は『いのちのかたまり』と言えるでしょう。『いのちのかたまり』であるこの体をどう使えば良いか、私たちにはそれを考える使命があると思います。『使命』という字は『いのちを使う』という字を書きますよね......。
 『ごちそうさま』は漢字では『ご馳走様』です。『馳』も『走』も食べる物を準備する為に忙しく動き回ることを意味します。それらの文字に『様』をつけて、食事を終えた人が感謝の気持ちを表す言葉、それが『ごちそうさま」です。1403houwa2.jpg
 両手を合わせて合掌して、みんなが、食事の前に「いただきます」、食事の後に「ごちそうさま(でした)」を忘れずに言うようにしてもらいたいものですが、ちょっと気になっていることがあります。
 誰でも『いただきます』と『ごちそうさま』はワン・セットだと思っています。食事の前に「いただきます」と言ったなら、食事が終われば必ず「ごちそうさま」をいうに違いないと考えがちですが、本当にそうでしょうか。
 TVドラマや何かで出演者が食事をとるシーンがありますと、『いただきます』は時々
見ますが、『ごちそうさま』はまず見ることがありません。それにならっているのかどうか、普段の我々の生活でも、本来ワン・セットであるはずの『いただきます』と『ごちそうさま』との間に、大きな差があるように思えてなりません。忘すれられがちの「ごちそうさま」ではありますが、決して忘れるわけにはゆきません。
 私たちの『いのち」を支えるために、動物や魚や野菜や果物が、いのちを提供してくれているのだ、ということを思いださせてくれる「いただきます」と、私たちの食事を準備するための、様々なご苦労に対する感謝を表す「ごちそうさま」、二つで一組です。そしてそれらはどちらも両手を合わせて合掌した姿で言うのを忘れないようにしましょう。

       〜月刊誌「花園」より

続きはこちら


[ 2013年10月 季節の法話 ]

達磨忌によせて

  絵  原 良子

1310houwa3.jpg 達磨忌の十月五日は、気候的にも、「白秋」のことばがぴったりするすがすがしい季節です。達磨忌がめぐってくると、私はダルマさん(達磨大師)と梁(りょう)の武帝(ぶてい)の対話を思い出します。
 武帝がダルマさんに尋ねます。
 「私は多くの寺院を建立し、お坊さんに供養しました。どんな功徳がありましょうか」
すると、ダルマさんはさらりと答えます。
 「そんな功徳なんか、ありません」
 おそらく、武帝はダルマさんがほめてくれて、「これだけの善行に務めたのだから、必ずそれなりの功徳があります」「あなたの人生は順風満帆です」と保証してくれることを期待していたにちがいありません。ところがダルマさんはにべもない返事をしました。なぜでしょうか。もしダルマさんに、「この男が自分にとってよいスポンサーになってくれたら、これからの生活も安定するだろうし、禅の教えを広めるにもすごく役立つだろう」という下心が働いていたら、こんな返事をしなかったはずです。ダルマさんにはそういう計算はみじんもありませんでした。1310houwa4.jpg
 それにもし、武帝が、「善行をこれだけしたのになにもならなかった。仏教なんか信仰しても価値がない」と思い込んでしまったら、逆に仏教を批判し、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)さえしてしまったかもしれません。
 武帝のように、宗教を現世利益をかなえてくれるものとしてのみ信じ、求めているなら、結局、その結果にいつまでたっても一喜一憂を繰り返すだけです。それにあいかわらず、いつまでたっても人生で起こる不可避的な苦悩に振り回されてしまうだけです。台風に襲われたとき、いつも去るまでじっと静かに我慢しているだけでは、全く人間としての成長がないことになります。ダルマさんが「功徳なし」といったのは、そういう武帝の考えをバッサリ断ち切ってやろうというダルマさんの武帝への温かい思いやりがあったと思います。
 この秋の澄み切った空のように、今なすべきことを無心になすことが、ダルマさんの教えのような気がします。

   達磨忌や五山十刹(さつ)同じ日に

                       尾崎 迷堂

続きはこちら