今月の法話
[ 2017年08月 今月の法話 ]

命は形見

大野泰明

 お盆の時期になると精霊棚を作りナスの牛やキュウリの馬・お膳などを備えたり、迎え火、盆踊り、灯籠流をしたりとご先祖様をご供養する様々な習わしが各地で行なわれます。

  ひとの生をうくるはかたく やがて死すべきものの いま生命あるはありがたし

と法句経にあります。ご先祖様の一人でも欠けていたら今の自分は存在しません。そのご先祖様から代々繋がっている命を今、私たちが生きています。だから私たちの命は有難いものなのですというみ教えであります。ご先祖様をご供養するとともに、今ある自分の命を有難いと感謝をもって生きていく心を養う行事がお盆ではないかと思うのです。

myoshin1708b_2.jpg 自坊がある福島市では、毎年8月17日に阿武隈川河畔において万灯供養をしています。去年の万灯供養でも、私は法要の準備や灯籠の御戒名書きの手伝いをさせていただきまた。真夏の夜、人いきれの中で、蒸し暑さにどっと汗が噴き出てきました。長い時間が経ち少々疲れを感じ始めた頃、灯籠を並べる場所を私に聞いてきた親子がいました。私がその場所を教えると、女の子が「これ、おばあちゃんに作ってもらったの」と言って折り紙のチューリップを見せてくれました。そして、こう言ったのです。「遊んでくれてありがとう、ってとうろうを並べるんだ」。
 その言葉に、はっとしました。私の心の中に祖父との思い出がよみがえってきたのです。手先の器用な祖父に小学生の頃、やじろべえを作ってもらい、一緒に遊んでいたことを思い出しました。

myoshin1708b_1.jpg やがて、法要になり、約7000に及ぶ灯籠が並んでいるのを見ると、灯籠一つ一つに家族があり、それぞれに多くのご先祖様がいるということに改めて気付かされました。そして、灯籠を丁寧に並べている姿を見ておりますと、今は亡き大切な人への感謝の思いを感じました。

  垂乳根(たらちね)の 親の遺(のこ)せし
  形見なり いや慎しまん 我が身ひとつを

という詠み人知らずの歌があります。形見とは何でしょうか? 女の子が大事に持っていた折り紙のチューリップや私にとってのやじろべえのような物としての形見もあります。
 しかし、女の子や私たち自身も亡き方の大切な形見であると言えるでしょう。そう思えばこそ、今あることを感謝して自分の命を大切に生きようと思えるのではないでしょうか。お盆に際しまして、感謝をもって生きていく心を養っていきたいものです。

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[ 2017年08月 今月の法話 ]

煩悩の激流から離れる第一歩 ~お彼岸の心~

横山友宏

 春分と秋分の日を中日として前後3日、計7日間を「お彼岸」といいます。「彼岸」は煩悩の激流を修行によって渡り切った向こう岸であり、目指す理想の境地や、悟りの世界と表現されます。お彼岸の季節は悟りの世界に到達するためにより一層の修行をする期間と言われています。修行には様々なものがあり、秋のお彼岸に「おはぎ」を作ってお供えすることも立派な修行のひとつです。

 ここで、お彼岸と「おはぎ」とおばあちゃんの実際にあったお話を紹介します。

myoshin1708a.jpg ある所に、おばあちゃんのことが大好きな女の子がいました。おばあちゃんは秋のお彼岸には必ず「おはぎ」を作り、女の子もおばあちゃんが作ってくれる「おはぎ」が大好きでした。やがて女の子は大きくなり結婚をし、おばあちゃんと離れて暮らすことになりました。女の子は離れていてもお彼岸になると「おはぎ」を作りました。しかし、おばあちゃんの「おはぎ」とは何かが違うと感じていました。
 ある日、「おばあちゃんが病気になって、長くは生きられない」と連絡があり、お見舞いに持って行くため、女の子は「おはぎ」を作ってみました。
 しかし、「おばあちゃんのおはぎ」とは何かが違うのです。そこで女の子はおばあちゃんに作り方を教えてもらうことにしました。おばあちゃんは、病気にも係わらず台所に立ってあんこの炊き方、ご飯のつぶし方などを丁寧に教えてくれました。おばあちゃんは病気の影響で沢山は食べられませんでしたが、みんなで一緒に食べることができました。
 数日後、おばあちゃんは入院し、亡くなりました。葬儀が終わりしばらくすると、女の子はもう一度「おはぎ」を作り、お供えをしました。完成した「おはぎ」は「おばあちゃんのおはぎ」であり、一緒に作った思い出や、おばあちゃんが亡くなった悲しみなど様々な感情が押し寄せてきました。
 「おはぎ」におばあちゃんとの繋がりを感じ、おばあちゃんだけでなく、ご先祖様と自分のいのちが繋がっていることを実感できたそうです。

 昔から「亡き人の 美しい心を 受け継ぐことが 供養である」と言われてきました。おばあちゃんに「おはぎ」をお供えした女の子の姿そのものが、亡き人・ご先祖様の美しい心を受け継いだ姿であるといえます。
 お参りを通じて亡きご先祖様へ、今を生きる私たちが受け継いだ「美しい心と生き方」をお供えすることが、煩悩の激流という私たちが生きている世界から抜け出し、理想の境地へと渡る第一歩となるのかもしれません。

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[ 2014年03月 シリーズ法話(月刊誌「花園」より) ]

【清泉】いのちあるもの 幸であれ

小田実全(おだ じつぜん)

 仏教徒は幸せだと思われませんでしょうか。
 なぜなら、宗派にはあまりこだわりがありませんので、宗派が異なるからといって僧侶がお互いに武器を手にとって争ったことを歴史のうえに学んだ人はいないでしょう。
 それには理由がありそうなものだと考えてみますと、幼い頃から「宗論は釈迦の恥じ」と戒めてこられたことを思い出します。もともとはお釈迦さまから始まったのだから、お互いが争っては、お釈迦さまに恥をかかせることになると戒めてこられたのであります。
 しかし、それだけではなかなか得心ができませんでした。私どもが朝夕のお勤めの最後に必ずお称えする『四弘誓願文』というお経があります。その第一には「衆生無辺誓願度」(いのちあるものは限りなけれども誓って導かんことを願う)と称えています。
 これは、「生きとし生けるもの幸であれ」という、お釈迦さまの願いそのもので、仏教の教えは、信じようとも信じまいとも〔いのちあるものは〕必ず真理に目覚めて心安らかにすごして欲しいとの願いが出発点となっていることに気づかされます。
 お釈迦さまの願いは、すなわち私たち仏教徒の願いであらねばなりません。
 宗教、人種や民族、国の違いを乗り越えて「人が人として、してはならないこと、なすべきことは何か」を、今私たちは自らに問わねばならないのであります。お彼岸を機縁として、学び、行じ、永遠不変の真理に目覚めるよう努め、お互いの違いを認めあって、和(なご)みの世界を築いてまいりたいものです。1403houwa1.jpg
 さて最後になりますが、多くの人々とのご縁を感謝しつつ、それらの人々の生きざまの中にお釈迦さまの彼岸への誘いに適うものを求めて、わが心の内を訊ねてみた一年間でありました。お付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。
     〜月刊誌「花園」より

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[ 2014年03月 合掌(信じあい 支えあい 拝みあう)(月刊誌「花園」より) ]

『いただきます』と 『ごちそうさま』

豊岳澄明

 今から十年ほど前のことです。一才だった二番目の娘がある時、おなかの病気になって、お医者さんから食べ物に制限を受けてしまいました。その制限の中に長女の大好物のスパゲティーがはいっていました。
 妹がお医者さんから止められてるんだからと言い聞かされて、当時三歳だった長女は、好きなスパゲティーを「お母ちゃん作って!」とせがむことも無くじっと我慢していました。しかし二ヶ月経っても、まだ『スパゲティー解禁』にはなりません。
 長女がよく辛抱しているのが分かっていたので、外出した時にいっぺん食堂で食べさせてやろうと思い、連れていきました。お店へ入ると娘は迷わずスパゲティーを注文し、間もなくそれが目の前に運ばれて来ました。
 その瞬間、娘は目を輝かせて大声で言ったのです。
 「わあーおいしそう、いっただっきまーす」
その声がお店じゅうに響き渡って、いっぺんにお店の人や他のお客さんたちの笑顔を誘い、注目を集めることになりました。
 それからは一口食べるごとに「おいしいね、おいしいね」を繰り返し、年齢にも似合わず一人前を全部平らげてしまいました。そして食べ終わると、またひときわ大きな声で「あーおいしかった、ごちそうさま!」その声がまた響き渡り、まわりの人達は思わず大爆笑、お店の人は「そう言って貰えておばちゃんもうれしいわ!」と言ってくれました。
 『いただきます』と『ごちそうさま』に関する私の一番の思い出です。
 食事をするということは、動物や魚、そして野菜や果物の命を『いただく』大事な儀式です。動物や魚に『命』があることはすぐわかります。しかし、野菜や果物には命がない、などと錯覚している人がいますが、そうではありません。野菜や果物にも勿論いのちがあります。命があるからこそ、成長し、葉を茂らせたり実を付けたりするのです。
 そういうすべての命を『いただき』ながら我々自身の命が支えられ、生かされているのです。いわば私たちのこの体は『いのちのかたまり』と言えるでしょう。『いのちのかたまり』であるこの体をどう使えば良いか、私たちにはそれを考える使命があると思います。『使命』という字は『いのちを使う』という字を書きますよね......。
 『ごちそうさま』は漢字では『ご馳走様』です。『馳』も『走』も食べる物を準備する為に忙しく動き回ることを意味します。それらの文字に『様』をつけて、食事を終えた人が感謝の気持ちを表す言葉、それが『ごちそうさま」です。1403houwa2.jpg
 両手を合わせて合掌して、みんなが、食事の前に「いただきます」、食事の後に「ごちそうさま(でした)」を忘れずに言うようにしてもらいたいものですが、ちょっと気になっていることがあります。
 誰でも『いただきます』と『ごちそうさま』はワン・セットだと思っています。食事の前に「いただきます」と言ったなら、食事が終われば必ず「ごちそうさま」をいうに違いないと考えがちですが、本当にそうでしょうか。
 TVドラマや何かで出演者が食事をとるシーンがありますと、『いただきます』は時々
見ますが、『ごちそうさま』はまず見ることがありません。それにならっているのかどうか、普段の我々の生活でも、本来ワン・セットであるはずの『いただきます』と『ごちそうさま』との間に、大きな差があるように思えてなりません。忘すれられがちの「ごちそうさま」ではありますが、決して忘れるわけにはゆきません。
 私たちの『いのち」を支えるために、動物や魚や野菜や果物が、いのちを提供してくれているのだ、ということを思いださせてくれる「いただきます」と、私たちの食事を準備するための、様々なご苦労に対する感謝を表す「ごちそうさま」、二つで一組です。そしてそれらはどちらも両手を合わせて合掌した姿で言うのを忘れないようにしましょう。

       〜月刊誌「花園」より

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[ 2013年10月 季節の法話 ]

達磨忌によせて

  絵  原 良子

1310houwa3.jpg 達磨忌の十月五日は、気候的にも、「白秋」のことばがぴったりするすがすがしい季節です。達磨忌がめぐってくると、私はダルマさん(達磨大師)と梁(りょう)の武帝(ぶてい)の対話を思い出します。
 武帝がダルマさんに尋ねます。
 「私は多くの寺院を建立し、お坊さんに供養しました。どんな功徳がありましょうか」
すると、ダルマさんはさらりと答えます。
 「そんな功徳なんか、ありません」
 おそらく、武帝はダルマさんがほめてくれて、「これだけの善行に務めたのだから、必ずそれなりの功徳があります」「あなたの人生は順風満帆です」と保証してくれることを期待していたにちがいありません。ところがダルマさんはにべもない返事をしました。なぜでしょうか。もしダルマさんに、「この男が自分にとってよいスポンサーになってくれたら、これからの生活も安定するだろうし、禅の教えを広めるにもすごく役立つだろう」という下心が働いていたら、こんな返事をしなかったはずです。ダルマさんにはそういう計算はみじんもありませんでした。1310houwa4.jpg
 それにもし、武帝が、「善行をこれだけしたのになにもならなかった。仏教なんか信仰しても価値がない」と思い込んでしまったら、逆に仏教を批判し、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)さえしてしまったかもしれません。
 武帝のように、宗教を現世利益をかなえてくれるものとしてのみ信じ、求めているなら、結局、その結果にいつまでたっても一喜一憂を繰り返すだけです。それにあいかわらず、いつまでたっても人生で起こる不可避的な苦悩に振り回されてしまうだけです。台風に襲われたとき、いつも去るまでじっと静かに我慢しているだけでは、全く人間としての成長がないことになります。ダルマさんが「功徳なし」といったのは、そういう武帝の考えをバッサリ断ち切ってやろうというダルマさんの武帝への温かい思いやりがあったと思います。
 この秋の澄み切った空のように、今なすべきことを無心になすことが、ダルマさんの教えのような気がします。

   達磨忌や五山十刹(さつ)同じ日に

                       尾崎 迷堂

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