[ 2008年12月 どう活かすわたしのいのち(月刊誌「花園」より) ]
「いのち賛歌」
昭和54年1月、私は今は亡き自春見老大師を団長とするインド仏跡巡拝団に参加し、お釈迦さまがお悟りを開かれた成道の地などを巡る機会を得ました。
お釈迦さまは今を去ること2500年前、ブッダガヤの菩提樹の下で坐禅を組まれ、12月8日早朝、光り輝く明の明星を見てお悟りをお開きになられ
「山川草木国土悉皆成仏」(山も川も草木もみんなおんなじ仏のいのちでつながりあっている)と驚きの声を上げられたと伝えられております。
私たちは大塔の二階で報恩の暁天坐を行いましたが、夜明けの空にお釈迦さまが仰ぎ見たであろう明の明星が光り輝いていたあの時が今も鮮やかに思い起されます。

大いなるものに抱かれあることを
今朝吹く風の涼しさに知る
これは元花園大学の学長で、大本山妙心寺の管長を務められた山田無文老大師が、若い頃結核を患い死に直面した時に頬なでるそよ吹く風に、心開けた感激を詠んだよく知られた歌であります。(以下、通仙洞太室無文老師『わが精神のふるさと』より抜粋)
気持ちのいい涼しい風が、病弱のわたくしをいたわるようにそよそよとわたくしの頬をなでてくれた。そんな風に吹かれたのは幾年ぶりであろうと思った。そしてふと「風とは何だったかな」と考えた。風は空気が動いているのだ、と思ったときわたくしは鉄の棒でゴツンとなぐられたような衝撃を受けた。「そうだ、空気というものがあったなあ」ときがついたのである。生まれてから二十年ものながい間、この空気に育てられながら空気のあることに気がつかなかったのである。わたくしの方は空気とも思わないのに空気の方は寝ても覚めても休み無く自分を抱きしめておってくれたのである。と気がついたときわたくしは泣けて泣けてしかたがなかった。
「おれは一人じゃないぞ。孤独じゃないぞ。おれの後には生きよ、生きよとおれを育ててくれる大きな力があるんだ。おれはなおるぞ」と思った。人間は生きるのじゃなくて生かされておるのだということをしみじみ味わわされたのである。わたくしの心は明るく開けた。
と述べられております。
生き往く道筋はお釈迦さまのお教えの通り四苦八苦の世界で、そこから逃れ抜け出ようと誰しもが苦悩するのですが、その苦悩はわたくしを真にわたくしたらしめようとする本心本性のいのちの働きに他ありません。
それは「生きよ、生きよ」、「よくなれ、よくなれ」といつでもどこでも見て御座るそのものの応援歌であり、本心本性のいのちがすべての人に等しく備わっている、ということの証明でありましょう。
人は大きな力に生かされていることを知ったとき本当に生きられるのです。
長い人生にはなあ
どんなに避けようとしても
どうしても通らなければならぬ道--てものがあるんだな
そんなときはその道を黙って歩くことだな......
愚痴や弱音を吐かないでな
黙って歩くんだよ
ただ黙って
涙なんか見せちゃダメだぜ!
そしてなあ その時なんだよ
人間としてのいのちの根が
ふかくなるのは......。
相田みつを『一生感動一生青春』より
いのちの真実を自覚し、このいのちをどう生かすか、真のわたくしを生きるためにその本を務め、いのちの根を深くしてまいりたいものであります。
片山 秀光