
実家の離れに隔離されて、死を待っているような時のある朝、離れの縁側に出てみると、そよそよと風が吹いています。はっと、無文老大師は気が付きました。もうだめか、もうだめかと毎日過ごしていたけれど、こんな目に見えないものに囲まれて、守られて生かされていたじゃないか。そう気が付くと、泣けてしかたが無かったそうです。
その時に作られた歌が
「大いなるものに いだかれあることを
けさふく風の すずしさにしる」です。
こう気が付かれてからは、生きていくことに力が出て、病気に立ち向かう事ができたと生前、よくお話をされていました。
目には見えないけれど「大いなるいのち」があることに気づき、今の自分や周りに感謝して生きる―それが仏教の一番大切な点です。
手を合わせ、念じる時に、亡くなった最愛の人も御先祖様もつねに自分を見守り、いつもそばにいてくださるのです。
そしてやがては、自分も愛しい人を見守る「大いなるいのち」―仏さまの元に帰っていきます。
この尊い「大いなるいのち」は、森羅万象すべてのものにつながる「いのち」なのです。一見、自分と他人は違うように考えますが、実は自分につながる同じ「いのち」なのです。体や寿命の命も含んだ、「大いなるいのち」につながっている事に気付きたいものです。
今日も太陽は輝き、風が吹いています。
み仏やご先祖様は、千の風になって、大きな空を吹き渡っています。禅の教えに心素直に耳を傾ける時、私たちは色々な事に気付き、色々な事から教えを受ける事が出来ます。そして、実り多き人生を生きることが出来るのではないでしょうか。
谷 玄康