母という字を書いてごらんなさい サトウハチロー 母という字を書いてごらんなさい やさしいように見えて むずかしい字です 恰好のとれない字です やせすぎたり 太りすぎたり ゆがんだり 泣きくずれたり...... 笑ってしまったり お母さんにはないしょですが ほんとうです
もうすぐ「母の日」です。私の生母は、私の誕生後、数時間で亡くなりました。その日から、伯母(母の姉)が私を育ててくれることになりました。伯母五十五歳のときです。孫みたいなものですね。 中学二年の時、養子縁組で養母となりました。気恥ずかしい年ごろです。それまで「おばちゃん」と呼んでいたのを「お母さん」とは呼べません。かといって、今さら「おばちゃん」とも呼べません。 「ちょっと」で済ますことになりました。 手紙を書くようになって「母上様」と書きました。とうとう、亡くなる(八十八歳)まで「お母さん」とは呼べませんでした。 『父母恩重経』のなかに、 「計るに、人々母の乳を飲むこと、一百八十斛となす。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し」とありました。 百八十斛(石)はオーバーですが、敦煌から出土した経典(敦煌本)には八斛四斗となっています。実際に近い量だといわれます。即ち約千五百リットル、ドラム缶七本半程になります。 養母は、そのお乳をもらい乳をするか、豆乳で賄ったことになります。今のように、ミルクや牛乳の無い時代です。私を懐に抱いて、赤ちゃんを育てている家々を回ったということです。ご苦労のほどが偲ばれ、養母の慈恩に、感謝の憶い一入です。 この経文に出会って、どうして「お母さん」と呼んで上げることが出来なかったのかと、親不孝な自分を恥じ入ったことでした。 妻の母には、素直に「お母さん」と呼べました。不思議ですね。 慈母の乳一百八十石とかや 愛しきことば世に残りけり 吉野秀雄
微笑義教
妙心寺では、みなさまが実際に目で見て体で感じることができる法要・行事、坐禅会、写経会、御詠歌など、様々な行事をご用意しております。積極的に参加することで、妙心寺の教えや歴史に触れてみましょう。