今月の法話

099 富士山頂

謹賀新年

  晴れてよし曇りてもよし不二の山
  もとの姿はかわらざりけり
      (山岡鉄舟居士)

 雪を頂く富士山の美しい季節になりました。澄んだ霊気の中、朝日に徐々に白い山襞を浮かび上がらせるその姿は神々しく、思わず手を合わせるほどです。「いいねぇ、いつも富士山が見られて」と、他県の友人がうらやむこの富士市に住む幸せを、しみじみと感じる瞬間です。

 昨夏、私は6度目の富士登山に挑みました。メンバーは、初心者中心の11人。それぞれが不安を抱いてのチャレンジでした。
 登り始めて2日目の早朝、午前2時。8合目山小屋で、寝不足と頭痛に朦朧とする我が身を奮い立たせて荷物をまとめ、ヘッドランプを頼りに踏み出す満天の星空の下。点々と光る人の群れに混じって歩を進めます。やがて変わりゆく地平線の空の色。黒から群青、水色へ...そして黄色からオレンジ、茜色へ。巨大なスクリーンの点景となった私たちは、小休止のたびに大パノラマに感動しながら一息ついては携帯酸素を吸い「よし!」と気合いを入れて山頂に向かいました。

 午前5時。山頂付近。少し遅れたメンバーの到着を待って全員で山頂標識へ。そのとき、私たちの到着に合わせるかのように、厚い雲間からぱっと御来光が差し込んだのです。お日さまに向かって横一列に並んだ私たち11人は、それぞれの顔をうっすらとオレンジ色に染めながら、無言のまま、その雄大な光景に見入っていました。

 しばらくして私は、このときのために持参したの小さなお鈴(りん)を取り出して
「みなさん。せっかくですからここで朝の勤行(おつとめ)をします。さあ、お坊さんになりましょう」
 カラフルな登山服スタイルからは想像つきにくいことですが、私たちは帽子やタオルをとれば、あっという間に剃髪姿のお坊さんになります。法衣やお袈裟はつけていなくても、みんな一瞬でスイッチが入り、背筋が伸びて禅僧の顔になるのです。
「お天道さまに向かって...合掌。礼拝」

 チーンと澄んだ音色が響きわたる中、唱え始めた『般若心経』。ゆっくりと、お腹の底から、ひと言ひと言、かみしめるように唱えると、一人一人に万感の思いがこみ上げてきます。無理もありません。持病やケガ、高山病や熱射病などに悩まされながらも、めでたく全員山頂に立つことができたのですから。
 ふと隣に目をやると、涙でくしゃくしゃになった顔を隠そうともせず、遙か遠くを見据えて合掌する仲間たちの姿がありました。

 最後に『普回向』(ふえこう)という結びの言葉を唱えました。
 願わくばこの功徳を以てあまねく一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを
...それは『あなたもわたしもおなじいのち』...このお経の功徳が、私だけではないすべての人に行き渡って、みんなが幸せになりますように、という思いが込められた祈りの言葉でした。
 今、この富士山頂での勤行を静かに思い起こし、今年一年、私が務めるべき「本」(もと)に思いを馳せる新春です。

長島 宗深