今月の法話

084 一度、立ち止まって見ませんか

 お寺にお参りする時に大切な心構えは、学ぶという姿勢です。何よりも学ぶのだ、学ばして頂くのだという心の姿勢を正して、山門を入ってほしいと思います。

 寺で学ぶのは、かしこくなったり、偉くなるためではなく、心豊かな今を喜び、生かされていることの尊さを知ることができる喜びなのです。そして、その喜びを多くの人に、おすそわけせずにはおれない心境に変らして頂くところがお寺です。

 次にご紹介するのは、私の寺で法話と坐禅の集いに参加した高校二年生の感想文です。

『はじめて行った國清寺は、広くて古くて歴史がある感じがしました。お経や坐禅で、正しい呼吸の仕方を教わりました。正しい呼吸をしながら坐禅をしていると、心がだんだんと落ちついていくような感じがしました。國清寺の中は、お寺の匂いがして、あまり嗅いだことのない匂いに少し驚いたけど、その匂いも坐禅をしているうちに、心地よいものになっていきました。國清寺で初めて体験したことがたくさんあり、とても良い体験ができてよかったです。』(M・Y)

 『お坊さんの言葉の中で、もっとも印象に残ったものは「正」という字は、一度とまって考えるという意味であるということでした。確かに何ごとにも、落ちついて見直し考えることが大切であると納得させられました。とても学ぶことが多かった体験であったと思います。』(F)

 『「正」という字は、一度立ち止まるということ。それが正しい道を見極めるときに大切なこと。と言われたことが、私の中で一番心に残りました。「あ~、そっか。一旦立ち止まれば正しい道が見えるんだ」って納得できて、もし自分が迷ったときや、間違った方に進んでしまったなって思ったときは、一度立ち止まって、よく考え、自分自身を見つめ直したいなと思います。』(N・O)

 『初めて坐禅をして、本気で足が痛かったし緊張して辛かった。けれど、やっていくうちになぜか楽になり、足も大丈夫になりました。すごく落ち着けたし雰囲気が良かったです。人は息を吐いて生まれ 人は息を吸って死んでゆく 心に残りました。』(K・Y)

 『静かに坐禅をしているとき、普段はよく聞こえてこなかった音が聞こえてきました。自分たちが、どんなに音をたてないようにしても、音のない状態を作ることは難しいことだと気づきました。坐禅をするのは、今回が初めての体験でした。みんなで作りだしていた、あの雰囲気に、とても緊張しました。』(N・G)

 新緑の好時節、この高校生のような体験をしてみませんか。一度立ち止まる勇気を学ぶことができると思います。

 開かねば、扇も風の蕾(つぼみ)かな

白鳥 天海