今月の法話

079 両鏡相照

 この句は、1993年に88歳でその生涯を閉じ、人の内面心理を詠むことに一生をかけて追求された俳人・加藤楸邨(かとう しゅうそん)が、冬の軽井沢の情景を詠んだ中の一句です。

 詠むと、楸邨が目を覚ましては雪景色を眺めているのか、落葉松(からまつ)が目を覚ましては雪景色を眺めているか。はたまた、楸邨が雪を被った落葉松を見ているのか、落葉松が楸邨を見ているのかといった、不思議な感覚に陥ってしまいそうです。

 しかし、もっと深く見つめていくと、楸邨が落葉松となり、落葉松が楸邨となった存在そのものが、目を何度覚ましても雪が降りしきる銀世界を静かに眺めていると解釈することができることに気づきます。

 禅語に『両鏡相照(りょうきょうあいてらす)』という言葉があります。

 一片の曇りもない綺麗なこころの鏡が、お互いにキラキラと照らし合っているありさまで、お互いにその心中がよく分かることを意味しています。

 楸邨の句は、自分いのちを見つめ、相手のいのちを見つめることで、姿かたちが違ってもお互いのいのちが一つになり、こころが一つになれることを教えてくれています。まさしく、『両鏡相照』の境地を表現した優れた俳句だと思います。

 以前、新聞の投稿欄に掲載された、Gさんという女性の方の文章をご紹介します。(紙面の都合上、文中を編集させて頂きました)

 Gさんは、脳梗塞で倒れられ、左半身麻痺の残る障害者の方です。そこには、それまでの何不自由のない生活から一転、やっと装具装着で、つえ歩行ができるまでに回復された頃の思いが綴ってありました。

 『多くの方々に巡り合い、励まされ、お世話になりました。担当の先生、看護婦さん、

リハビリの先生方、病室の皆さま、友人、そして、親類、家族。さまざまな困難を抱え一生懸命生きておられる、いろんな人生があることも知りました。

 定年退職した夫に頼りっぱなしの生活の中で、一日一事ができたら感謝の心を忘れぬこと、こんな簡単なことがやっと理解できるようになった今日このごろです。

 寒い今年の冬、まばゆいほどの銀世界にサザンカの紅が映える裏の堤防を眺める心の余裕も持てるようになりました。

 願いは「お父さん、ありがとう。私より先に死なないで」。』

 文章から、Gさんのこころの移り変わりが読み取れます。発病当初は自分しか見えなかったGさんだったと思います。そんなGさんも、いつしか自分自身を見つめ直されたのでしょう。様々な人と出会い、こころをかよわせ、「感謝の心を忘れぬこと」という素晴しい思いを持つまでになられています。

 『両鏡相照』の姿がここにもありました。

吉富 弘道