
脳血管障害は、昭和26年以来約30年間にわたり日本人の死亡原因の首位を占めていましたが、近年は悪性新生物、心疾患に次いで第3位となっています。一般的には脳卒中と呼ばれ、脳こうそく、脳出血、くも膜下出血を主に意味しているそうですが、血管が破れたり、詰まったりすることで脳の細胞に栄養や酸素が供給されなくなり、脳の機能に障害が起こる病気です。突発的に発症することが多いこと、罹患(りかん)率と死亡率は共に加齢とともに増加し、同年齢では女性よりも男性に多いというのがその特徴のようです。
前述のとおり、脳卒中で死亡する人の数は減ってきていますが、高齢社会を迎えている現在、この病に苦しむ人はむしろ増えていると聞きます。医療技術の発達から幸い一命をとりとめるものの、身体の一部に障害を伴うこともめずらしくありません。その克服に向けてのリハビリテーション医学の進歩もさることながら、何よりも本人の前向きな姿勢が求められることは言うまでもありません。
また、病院でのリハビリテーションは、同じ障害を伴う人々がまわりにいることから訓練も続けられるのですが、問題は退院後です。同じ障害を伴う人が周りにいないことや、年寄りや酒飲みがかかる病気といった偏見(酒だけが原因でもなく、若年でこの病に倒れる人もあります。)から、次第に家に閉じこもりがちになり、動いていた手足までも動かなくなり、果ては寝たきりというケースもめずらしくありません。体幹機能を何とか麻痺(まひ)させまいと散歩に出ると、「あんな格好で無理して外にでなくてもいいのに」という周囲の冷たい視線を浴びる、これも、この病と闘う人たちの共通の悩みです。昨日まで社会の第一線でバリバリと仕事をしてきた人が、ある日突然に脳卒中で倒れて半身麻痺(まひ)に、この苦しみは計り知れないものがあります。多くの人が「なぜ、こんなからだに...」と嘆き苦しみ、ついには自殺を考える人もあります。
これら閉じこもりや寝たきりを未然に防ごうと、医療現場だけではなく地域のなかで同じ障害を伴う人たちの自主組織が、いろいろな地域で結成されています。お互いに励まし合い、支え合い、悩みを話し合いながら社会復帰を目指そうというものです。
もう随分以前のことですが、私が町内にあるリハビリの会を見学させていただいた時、初めてこの会に参加されたSさん(当時61歳)とお話しさせていただきました。Sさんは、農業の傍ら地域の役員などを務める元気者でしたが、脳卒中に倒れて入院、半身麻痺(まひ)の状態で退院されてきたばかりでした。民生委員さんからリハビリの会のことを聞き、様子を見るために参加されました。言語障害もありますが、杖を片手にしっかりとした足取りで皆さんと話したり、訓練に参加されていました。そして、帰り際に「わし、こんなからだになってしもうたが、わし、負けへんで」と呟くように、しかし、その語気には内に秘めたる力強さを感じました。「身体に障害を伴ったものの命は残った、この残された人生をまだ大切に生きたい」、そんな思いを「わし、負けへんで」に託されたのだと思います。
木は死ぬまで、成長を続けるといいます。害虫に食われようが、枝を落とされようが、生を終えるその時まで成長するといいます。その時、その一瞬を大切に、日に新たに生きる木のように、私たちも生きていきたいものです。
せっかくいただいた命、なってしまった病を悔やむだけでは申し訳ないと、きょうも訓練にいそしむ姿があります。いただいた命を最後までつかいきること、これも、私たち人間としてその基を務めることではないかと、リハビリに励むSさんの姿に教えられました。
高橋 乾峰