
妙心寺には、年間に、1万人程の修学旅行生が訪れます。
30分の坐禪と、30分のお話と、1時間の予定です。私が当番の折には必ず質問したことでした。
彼らは、古都をめぐっています。古都の歴史は、2千年あまりです。「あなた方の、いのちの歴史は、どれほどでしょう。」と尋ねました。
宇宙の歴史は、2千億年ほど。地球の歴史は、46億年ほど。
生命の歴史は、30億年ほど。人間の歴史は、5百万年ほど。
「さて、あなたのいのちの歴史は、何年ですか?」多数の人達が自分の年齢を思ったことでしょう。年齢は誕生してからの期間にすぎません。母の胎内でのいのちの鼓動。父のいのち、母のいのちを受け継いだいのちなのです。
親から子へ、親から子へと、一度たりとも途絶えることなく受け継がれたこのいのち。極論すれば、「30億年のいのちの歴史」。そんないのちを受け継いで、今ここにあるのです。
「30億年、決して絶えることのなかった、このいのち」。私のいのち、あなたのいのちなのです。
「人間というものは、悠々と流れる大河の水の一滴のようなものだ。 -中略- その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年さかのぼっても私はいず、何万年たっても再び生まれてはこないのだ。 -中略- しかもなお、その私は依然として大河の水の一滴にすぎない」 (大森 黎『大河の一滴』読売新聞社)
大河のほとりにひざまずき、両の掌で掬った水、掌からポタリ、ポタリと落ちていく雫、その一滴の雫こそ、「私のいのち」なのです。
そんな尊いいのち、どう活かし、どう生きていくのか。
新見芳丈(にいみよしたけ)さんは、31歳にて、下半身麻痺となり、以来、30数年寝たっきりの闘病生活。身心共に苦悩の日々。しかし彼は負けてはいなかった。マサコ夫人の励ましと共に、旺盛な向学心、好奇心をもって勉学に励んだ。NHK通信教育・放送大学の受講。哲学書・仏教書、『世界』『大法輪』などを愛読。近所の子どもたちの私塾ともなった。平成元年4月よりはじめたリハビリの効果もあってか、平成3年3月、一人にて歩けるようになる。
医者も判らないという不思議、大袈裟に言えば奇跡です。以来、毎朝の新聞配達、週3回は老人ホーム入居の母(当時90歳)の介護。旅行等々。・・・・社会復帰しても決して戸惑うことなく、むしろ「水を得た魚」の如く、溌剌(はつらつ)とした毎日です。
30数年の「冬の時代」の苦難と試練を乗り越え、70歳の「青春」です。晩年は数年入院の後、平成16年に、84歳にてお亡くなりになりました。受け継いだ、「無限のいのち」を精一杯活かしきった一生でした。
「無限のいのち」を頂いて、その尊いいのちを如何に生き抜くか。
百歳を越して尚、矍鑠(かくしゃく)とした『百歳』(NHK・土曜)の出演者たち。幼くして、難病と闘っている子どもたち。癌・副作用の苦しみ。様々な生き様があります。私たちに出来ることは、そのいのちの有様を、忍受する事しか出来ません。そのいのちの有様を受容するところから、新しい展望が開けてきます。
胃癌にて、胃を全部摘出しました。初めての入院・手術。不安ながらも、医者に任せるほかありません。医者にとっては、胃癌など大した手術ではないようです。50日間の入院。生老病死、病の苦しみを味わいました。苦しみを受容するしかありません。
ささやかな闘病ながら、「どう生きるか、どう生かすか」おおいに考えさせられました。
「悟りという事は、如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りという事は、如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。」
(正岡子規『病床六尺』岩波文庫)
正岡子規の境地の一端に触れた気がします。
微笑 義教