今月の法話

051 幸せを願う

 高村光太郎は、君たちと題して次のような言葉を残しています。
 「二十一世紀を歩む君たちに願う、自分に正直であれ、人に親切であれ」

 崩壊、不信という言葉がなぜこの世に生まれてきたのでしょうか。
 他と共存しているにもかかわらず、他と関わらない生活、自然の中にいて自然と共存していない生活が現代であります。
 自然から学ぶ、人間から学ぶ、と言う作業を放棄してしまったところに諸問題の原因があるのではないでしょうか。
 人間は、皆相互依存の生活を送っているにもかかわらず、俺が俺がと自己主張する。そのため他と協調してゆく心が失われ、お互いに不調不和が生れてしまうのです。
 定職につかず高級車に乗っている人。給料がなくても生活ができることに、割切れない矛盾を感じます。経済崩壊をきたし、人々は不安を抱えて生活をしています。しかし物は豊富にあります。それをないと不平を言って過ごしている。
 物やお金が私たちを本当に豊かにしてくれるのでしょうか。一度そうした思いを振り払って、真の幸せとは何か、ということを真剣に考えてみる必要があります。

 人生の目的は、よく生きることであり、人生の価値はどう生きたかということであります。ただ単に生きるというのではなく、使命に燃え希望に向かって邁進努力することが人間にとって大事な生き方であり、有意義な人生を送る鍵であります。
 仏教では、皆の幸せを願って生きる生き方を「同事」と言っております。それを私は次のように、説いてみました。

  人間は他の人と共に生きている。
  人間は他の人に支えられて生きている。
  人間は人間嫌いでは生きてゆけないのです。
  人間は他の人間に喜びや悲しみを与えています。
  あなたは喜びを与える人間ですか。
  あなたは悲しみを与える人間ですか。
  仏道を学ぶという事は、
  他の人間に幸せを与える人間となる事を学ぶのです。
  それは皆が幸せにならなければ、本当の幸せがないからです。

 今一度自己の存在を省みる作業が必要です。自分の持つ純粋で清浄な心を大いに膨らませて生き、人に尽くす喜びを身につけたいものです。

宮田 正勝