
毎日新聞(2005年7月3日付)のコラム「みんな集合」を読んでいたら、次の文章が眼につきました。
「自分がされてうれしいことは人にもしてあげると喜んでもらえるよ」と小2の娘に教えていたら、「そうとは限らんよ」と小5の息子が口を挟んできた。「2年の時の先生がそう言ってたから、女子にトカゲをあげたら泣いて怒られた」と。そういえば、息子は「小さい恐竜みたい」とトカゲが大好きで、見つけると追い掛け回してたっけ。
(愛知県春日井市 村井由美子さん 43才)
注釈の必要がないほど愉快な話です。これを読みながら、以前読んだ話を思い出しました。
小学校の給食の時間。今日はカレーライスです。「いただきます」と、食べ始めましたが、男の子ひとりだけ、スプーンを持ちません。隣の女の子が気がついて、「どうしたの」と尋ねます。すると辣韮(らっきょう)が食べられないと言う。
やにわに女の子は辣韮を抓(つま)んで、皮を剥(む)き、それを自分の口に入れ、残りを男の子の口に押し込んで、「嫌いな皮を私が食べてあげたから、もう大丈夫」と。男の子は押し込まれた辣韮をもぐもぐして飲み込んで、にっこり。そしてカレーライスを食べ始めました。
「みんなで幸せになれるよう、人の身になって尽くしましょう」とは、誰でも思いますが、自分の大好きなトカゲを女の子にあげて叱られてしまう男の子、辣韮の皮を剥いて、残りを男の子の口に押し込んでも嫌がられない女の子と結果が分かれます。
私たちは、相手の喜ぶことを何かしてあげようと一生懸命考えますが、大切なのは相手の困っていること、苦しんでいることを思いやって、相手と同じ地平に立って、共に歩むことではないでしょうか。
最後に。辣韮の皮をいくら剥いても辣韮は辣韮。皮を剥いていくとやがてなくなってしまいますね。
新野 建臣