
私たちは何のためにこの世に生まれてきたのでしょうか。本当の幸せとは何でしょうか。じつはお釈迦様も、これらのことを求めて出家されました。
人によって幸せの尺度は違うのかもしれませんが、他の人のためにお役にたち、喜びを与えることが出来るということがいつの時代でも、どこに暮らしても不変的な間違いのない最も幸せなことなのです。健康を守り、勉強し、働き、修行をするのも、より多くの人に最大限に喜んでもらうための力を養うためなのです。お金も知識も能力もそれ自体には何の価値もありません。それらを自分や他の人々のために活かして、はじめてその価値が発揮できるというものです。
その間違いのない幸せを得る方法として、お釈迦様は四攝法という教えを示されています。その中の一つの「同事」という教えは、他と同じ心になるということです。相手の心になって共に悩み、共に苦しみ、共に涙を流し、また他と共に喜ぶ。そして世のため人のために、その身になって尽くすことをいうのです。
私たちは欲をかいたり、他人を恨んだり、自己中心的な毎日を送っています。これではとても他の人のお役に立ち、喜びを与えられることなどできません。真の幸せを感ずることはできないのです。
ご本山妙心寺の生活信条に「一日一度は静かに坐って、身と呼吸と心を調えましょう」とあります。慌ただしい毎日ですが、せめて一日に一度、五分でも十分でも静かに坐ってみましょう。姿勢を調え、なるべく呼吸を長く、ゆったりとした気持ちで坐ってみましょう。きっと心が落ち着いてきます。ちょうど水槽の中の濁った泥水が、時間が経つにしたがって澄んでくるように、自分の心の中にある自分勝手な悪い心が消えてきます。自我の心を静かに反省し、見つめるうちに私たちが本来持っている、他を思いやる心を取り戻すことができるのです。
たった一つしかない私の命、たった一度きりの私の人生です。人様のためにその身になって尽くさせていただき、喜びを与えることの出来ることが本当の幸せであり、まちがいのない幸せであることを自覚して生きていきましょう。
鮎川 博道