今月の法話

048 仏の心

世を救う 三世(みよ)の仏の 心にも

  似たるは親の 情なりけり  税所(さいしょ)敦子 明治の歌人

 世の中の私達を救って下さる過去、現在、未来の三世の多くの仏の心に、一番近いのが親の心です。親が子供を育てる時には「私」がありません。自分はどうなってもいい、子供さえ健やかに育ってくれればといった「無我」の心です。

 しかし、他人の子供になると低い垣根を作ってしまいます。その垣根がなくなりますと、親の心即仏の心となるのです。

 昭和三十五年奈良で生まれ、十五才で亡くなった脳性マヒの「やっちゃん」山田康文(やまだやすふみ)君が、一遍の詩を作りました。

「ごめんなさいね、おかあさん」

      ごめんなさいね おかあさん
      ごめんなさいね おかあさん
      ぼくが生まれて ごめんなさい
      ぼくを背負う かあさんの
      細いうなじに ぼくはいう
      ぼくさえ 生まれなかったら
      かあさんの しらがもなかったろうね
      大きくなった このぼくを
      背負って歩く 悲しさも
       つめたい視線に 泣くことも
      ぼくさえ 生まれなかったら

      ありがとう おかあさん
      ありがとう おかあさん
      おかあさんが いるかぎり
      ぼくは生きていくのです
      脳性マヒを 生きていく
      やさしさこそが 大切で
      悲しさこそが 美しい
      そんな 人の生き方を
      教えてくれた おかあさん
      おかあさん
      あなたがそこに いるかぎり    (山田康文)

 誰にあやまる必要があるでしょう。この命の誕生に、やっちゃんは「ぼくが生まれてごめんなさい」と、言っています。ありがとうと同じ心でしょう。

 お母さんとお墓参りをした時、「人にはやさしくするんですよ」との母の教えが、詩の中では「やさしさこそが大切で、悲しさこそが美しい」と、うたわれています。

 優しさとは、人の憂いをわが憂いとし、人の悲しみをわが悲しみとする「仏の心」です。

 やっちゃんは、わずか十五才でこのようなすばらしい境地になっています。

 やっちゃんを亡くしたお母さんは「いままでは自分の子供の幸せしか考えられない母親でしたが、今はすべての子供の幸せを願う母親になりました」と、言っています。

 まず家庭から、無我の心で相手の気持ちになって、明るい家庭を築くことが大切です。そういう気持ちを、地域・社会へと広げていきますと、争いのない社会となるでしょう。

森 哲外