慶長8年(1603)、徳川家康は征夷大将軍に任ぜられ、江戸幕府を開きますが、元和元年(1615)5月大阪落城とともに、多くの法度を制定して法治制度を徹底しようとします。
7月には「武家諸法度」「禁中並公家諸法度」「諸宗諸寺法度」などが発布され、京都御所も諸宗諸本山もきびしく幕府の管理下に置かれることになります。特に大徳寺と妙心寺に対しては別に法度を定めて、両寺が従来皇室から直接に紫衣開堂を勅許されていた特権を、幕府の許可事項として厳重な制限を設けました。